コロナ逡巡日記③ (3月9日~3月15日):首相が緊急発表を出す

(本稿は、コロナ逡巡日記②の続きです)




3月9日(月)

 9日(月)15時現在,新たにオーストリア国内で29名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例が報告されました(累計確定症例数は131名)。

 8日未明に発表されたイタリア首相令を受けて,10日よりイタリア・南チロル州からチロル州,また,イタリアからケルンテン州への入国者に対し,健康テスト(検温他一般的な質問)が実施されます。

 9日以降,鉄道の対チェコ国境において,抜き打ちで検温が行われるとのことです。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:3月9日」

 職場の定例会議にて、「握手、ハグ、キスは避けましょう」との通達あり。ハグやキスはともかく、握手は無防備にしてしまいそうだ。気をつけよう。

 同僚とよもやま話をしていると、武田秀太郎さんがオフィスにやってきて、彼が翻訳したレオン・ゴーティエ「騎士道」の献本を持ってきてくれた。ありがたいことである。

 武田さんは私よりも一回り年下であるが、いわゆる天才の人であって(ご本人はそのように称されるのを好まれないかもしれないが)、NHKの「素顔のギフテッド」という番組でも取り上げられたという。

武田秀太郎
1989年三重県生まれ。京都大学大学院総合生存学館・特任助教。京都大学工学部卒業、ハーバード大学大学院修士課程修了、京都大学エネルギー科学研究科博士後期課程短縮修了。博士(エネルギー科学)。京都大学在学中、東日本大震災に際し休学し陸上自衛隊技能公募予備自衛官(語学)として任官、復学後も青年海外協力隊員としてバングラデシュ赴任。日本学術振興会特別研究員(DC1)、笹川平和財団アドバイザーを経て現職。専門はエネルギー政策、発展途上国援助政策、開発哲学(ハイデガー技術論、西洋騎士道)。英国王立技芸協会フェロー、王立歴史学会正会員。

 その経歴もとんでもないことになっているが(すごすぎて安易なマンガのキャラ設定のように思えるが)、彼は実存する生身の人間である。ステレオタイプのエリートとは異なる座標軸の、心の奥まった部分で静かな炎を揺らし、現実世界と切り結んで傷ついてきた人間である。いや、私は彼と知り合ったばかりだし、まだ膝を詰めて長話をしたことすらないのだが、これまで培った経験がそのように私を予感させるのだ。

 ちなみに武田さんは現役の騎士団員でもある。私も騎士団には興味がある。なにしろマルタ騎士団教会の近くに住んでいるくらいだ(これは偶然だけど)。いつか彼に取材をしてみたいものである。


3月10日(火)

 10日(火)15時現在,新たにオーストリア国内で51名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例が報告されました(累計確定症例数は182名)。

 (中略)

 10日,クルツ連邦首相はアンショーバー社会・保健・介護・消費者保護相,ネーハマー内相と合同で記者会見を開き,新型コロナウイルスに関する現状報告を行い,ウイルス拡大のスピードを落とすことで体制を整備するとともに,季節性インフルエンザの蔓延期と重複しないためとして以下の措置を発表しました。

(1)伊から人の入国停止。 
 ・人の移動については,感染していないという証明がない場合は入国禁止。
 ・物の移動は引き続き継続。
 ・オーストリア域内での途中下車のない車の通過は可。
 ・空と鉄道の旅客便は止める。
 ・国境では全ての車両がストップされてチェックを受ける。その際に身分証明の提示を受けるとともに写真を撮る(通過と申告した人が本当に通過したかを確認するため)。
 ・イタリア滞在のオーストリア人はオーストリア本国に引き揚げる。引き揚げの際には14日間の自宅待機。

(2)墺内での拡大の抑制
 ・大学・単科大学の授業を停止する。遅くとも来週月曜からは授業を行わない。小中高校については,拡大のコア層が14-30歳とされること,また,子供のケアへの負担の観点から現時点では休校としないが,両親への負担について考慮しながら正しいタイミングで判断する。
 ・ビジネスについてはできるだけオンライン形式,テレワークに移行することを望む。
 ・明11日からとりあえず4月末まで500名を超える屋外行事及び100名を超える屋内行事はキャンセル。午後に法的拘束力を持つ禁止措置(Erlass)として決定する予定
 ・社交(ソーシャルコンタクト)の低減による拡大スピードの抑制。特に若青年層については高リスク層に考慮して欲しい。市民に対して今後数週間は抑制された社会生活を送るよう要請する。
 ・公共交通機関の停止は現時点では行わない。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:3月10日」

 クルツ首相が新たな措置を発表する。これを受けて息子の学校から緊急メールが届く。

 「イタリア、チェコ、スロバキア、ルーマニア、ブルガリアではすでに幼稚園含む学校閉鎖の決断を取っています」

 「わが校はオーストリア政府から、48時間以内に自宅学習計画を策定することを求められました」

 「グレード4~12の全学生はラップトップ等を準備してください。グレード1~3は学校提供のiPadを自宅で使うことになります」

 来週の月曜日から、おそらく自宅学習の日々がはじまる。それが直接の理由ではないけれど、授業を終えた6歳の息子と、私は1駅ぶんだけ歩いて帰ることにした。





3月11日(水)

 11日(水)15時現在,新たにオーストリア国内で64名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例が報告されました(累計確定症例数は246名)。

 10日(火)に発表されたオーストリア政府の新型コロナウイルス対策の中で,500名を超える屋外行事及び100名を超える屋内行事については,とりあえず4月3日(金)12:00までキャンセルとなります(昨日お伝えした4月末までを訂正します)。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:3月11日」

 ハンガリーなどの隣国との陸路国境が閉鎖されるとの不確定情報が入ってくる。ヨーロッパ全体が急速に緊張してゆく感じである。

 今月下旬にドバイロンドンから出張者を迎える予定だったが、先方都合でキャンセルの連絡。たのしみにしていた仕事だったけど、まあ仕方がない。

 私はプライベートで4月初旬にキプロス行きの航空券(もちろんWizz Airである)を予約していたが、だんだん雲行きが怪しくなってきた。でもキプロスは島国だし、とくに感染拡大のニュースは入っていないし、まだ50%くらいの希望は残っているんじゃないかな、と楽観的に考える。

 今日は3月11日。オフィスのなかで1分間の黙祷をささげる。

 私という人間は愚かだが、こうして生きながらえている。私が積み上げるものに対しては、せめて善なるものを託したい。




3月12日(木)

 12日(木)15時現在,新たにオーストリア国内で115名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例が報告されました(累計確定症例数は361名)。

 チェコ政府及びスロバキア政府は対オーストリア国境を含む入国禁止措置を発表しました

(中略)

 11日午後遅く,クルツ連邦首相は記者会見を開き,新型コロナウイルスに関する以下の追加措置を発表しました。

墺全国で来週月から順次学校を閉鎖する
・来週月曜日(16日)から,高校生(15歳以上)については休校し,中学生(14歳)以下については来週水曜日(18日)から授業は行われず,自宅待機又は学校のケアとなる。
幼稚園児童も,可能であれば自宅に留まるべき
・上記措置はイースターまで適用。
高齢者をコロナウィルスから護るため,祖父母が子供を預からないようにしてほしい
・高校以上はネット学習を実施(ファスマン教育相)。
・ウィーン市は保護者,教師,児童向けにホットラインを開設する。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:3月12日」

 学校は閉鎖、コンサートは軒並みキャンセル。陸路の国境も次々に閉鎖されていく。

 「この短期間にこんなに情勢が変化するとは思わなかった」とは、第二次世界大戦を記録した書物や博物館でしばしば目にした当事者たちの台詞であった。それに通じる出来事が、いまリアルタイムで起こっている。

 夕刻になって、わが職場も来週から緊急閉鎖との連絡を受ける。5月末までの出張予定はすべて中止。リモートワークの機材が揃っていない職員たちが、情報システムの部署に列をなしている。

 深夜の自宅で「バカをつかまえろ」を脱稿し、編集部に提出する。


3月13日(金)

 13日(金)15時現在,新たにオーストリア国内で143名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例が報告されました(累計確定症例数は504名)。

 オーストリア外務省は,スペイン,フランス,スイスに対して「渡航中止・避難」を求める危険レベル6を発出しました。

(中略)

 13日午後,クルツ首相,アンショーバー保健相及びネーハマー内相は記者会見を行い,新型コロナウイルス対策措置につき以下のとおり発表しました。

16日(月)から,生活必需品店等の例外を除き,店舗を閉店する
 例外となるのは,食料品店,薬局,ドラッグストア,郵便局,銀行の他,タバコスタンド,ガソリンスタンドや動物飼料店等。また,医療製品・医薬品や,保安・緊急時用品,整備機材を扱う業者も対象外となる。公共交通機関は従来通り運行を行う。

企業に対し,従業員にできるだけテレワークを可能とするよう要請する

・来週から,レストラン,バー及びカフェの営業を15時までとする。単なる場所の提供を行う店舗や,料理の配達サービスは対象外となる。

・特に感染の拡大が著しいチロル州のパツナウンタール(Paznauntal)地域(イシュグル(Ischgl),カプル(Kappl),ゼー(See),ガルテューア(Galtuer))及びザンクト・アントン・アム・アールベルク(St. Anton am Arlberg)に対し直ちに14日間の隔離措置を執る。

 該当地域に滞在するオーストリア人(旅行者を含む)は自宅待機となる。外国人は該当地域を離れることが可能であるが,速やかに,途中でどこかに立ち寄ることなく出身国に帰国する必要がある。その際,当該人物の個人情報が記録され,出身国の当局に伝達される。
(当館注:13日,プラッター・チロル州首相はチロル州の冬のシーズンを終了する旨の決定を行い,同州スキー場の全ロープウェイは15日夜,ホテル等宿泊施設は16日をもって営業を中止することになりました。)

16日(月)からフランス,スイス及びスペインとのフライトを停止し,現在対イタリア国境で行っている国境検査を対スイス及び対リヒテンシュタイン国境においても実施する。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:3月13日」

 課内で緊急ミーティングが開かれ、職場閉鎖に伴う通達と各自の業務進捗がシェアされる。

 なにか急を要することはないか。そうだ、3回目のA+B型肝炎(Hepatitis A+B)のワクチン注射が未遂だった。西アフリカ旅行を終えた身としては時宜を逸しているのだが、数か月後にニジェール出張の可能性があるのだ。

 職場ビル内には医療セクションがあり、アポなしの訪問でも注射をすぐに打ってもらえる。お医者さんから「左腕が空いてるので、新型インフルエンザのワクチン注射もしておきましょう」と持ちかけられる。大根のついでに水菜も買ってよ、みたいな気軽さであるが、せっかくなので打ってもらうことにする。

 帰りにスーパーマーケットに行くと、いままで見たことのないような行列ができている。パスタの在庫が乏しくなっているが、売れた端から納入されるので、物不足の印象はあまりない。こういうときに物流の実力が出てくるのだろう。いくつかのジャンクフードに加えて、ゆめにしき(イタリア産コシヒカリ)を10kgほど購入する。

 夜は同僚たちとタパス・バーのLola Tapasで、底抜けに愉快な時間を過ごす。ここ数年で飲んだなかで一番おいしい赤ワインだった。

 タパス・バーといえば、Colonoというお店にも行ってみたかった(その名前からしてあらぬ風評被害を受けていそうだったので)。いつか行きたいね、という話をする。




3月14日(土)

 14日(土)15時現在,新たにオーストリア国内で151名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例が報告されました(累計確定症例数は655名)。

 ドイツ政府は,過去14日以内にイタリア,スイスまたはオーストリアに渡航・滞在した場合は,症状があるか否かに関わらず,2週間自宅待機(経過観察)するよう呼びかけています。

 オーストリア外務省は,13日付で日本を含む全世界に対して「不必要な渡航自粛」を求める旨の危険レベル4を発出しました。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:3月14日」

 自宅に職場のラップトップを持ち帰ったが、いまだにリモートワークのイメージが湧いてこない。糸の切れた凧みたいな動きをみせる息子たちを御しつつ、平常運転で仕事ができる気がまったくしない。

 デイリーポータルZの林編集長から「コタツ記事デー」企画のお誘いがある。

 「取材もしないで書いた記事はコタツ記事と揶揄されますが、あえてそんな記事を集める日を設けたいと思います。こんな時期、おれたちは外に出なくても面白い記事かけちゃうぜというところを見せましょう。」

 おもしろそうだ。「ボスニア・ヘルツェゴビナの地図帳を読む」記事を提案する。


前の持ち主が「Japan」に下線を引いた形跡あり


3月15日(日)

 15日(日)15時現在,新たにオーストリア国内で205名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例が報告されました(累計確定症例数は860名)。

(中略)

 15日,当地国民議会(下院)がコロナ緊急対策の法案審議のために招集され,クルツ首相が以下の措置を発表しました。

16日(月)から集会を禁止。(子供の)遊技場,運動場を閉鎖。
 外出は原則として(1)先延ばしできない職務への従事のため,(2)生活必需品等の調達のため,(3)他の市民の援助のために限定され,必要があり外出する際は,1人か,あるいは同居人とのみで行う必要がある。
 取り締まりのため警察が巡回し,集会禁止に違反した場合罰金が科される。

レストランを17日(火)から完全に閉鎖。(15時までの営業もなし)

・衛生・介護分野等での支援のための非軍事役務(過去5年に退役した者を含む)及び退役民兵の招集。

英国,オランダ,ロシア及びウクライナからのフライトの停止。
(墺外務省は上記の国を危険レベル6に設定し,フライトの停止を17日(火)から行う旨発表。在住墺人に対しては他の欧州の空港を経由した墺への帰国を勧告しています。)

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:3月14日」

 クルツ首相の緊急発表。

 1986年生まれのセバスティアン・クルツ首相には政治家ならではの毀誉褒貶があり、オーストリアを極右に導くおそれがあるとの懸念もあった。しかし、この非常時にあって、にわかに強力なリーダーシップを発揮している。「とても立派な政治家だな」というのが、衒いなき私の印象だった。

 それはともかく、集会を禁止し、警官が巡回して違反者に罰金とは、なんだか独裁国家のようである。この急な締めつけは、ウィーンの人たちの気質には合わないように思えるが、とにかく来週から即座に発動されるわけだ。歴史の転換点に生きていることが自覚された。

 夜半にふと思い立って、「外出できない子どもたちは、YouTubeで世界に接続する」という記事をしたためる。対外的な文章を書くとき、私はいつも一晩以上は寝かせるようにしているが、これは数少ない例外である。




コロナ逡巡日記④に続く)

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