コロナ逡巡日記⑦ (4月6日~4月12日):外出制限が延長される

(本稿は、コロナ逡巡日記⑥の続きです)






4月6日(月)

 6日(月)15時現在,新たにオーストリア国内で299名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例及び16名の死亡事例が報告されました(累計確定症例数は12,206名(内死亡数:220名,治癒数:3,463名))。

(中略)

 6日,クルツ首相及び関係閣僚は記者会見を行い,新型コロナウイルス対策措置法(「COVID-19措置法」)に基づく各種施策を受けた現状に係る中間報告及び規制措置の段階的緩和を含む今後の方針について発表しました。発表内容の概要は以下(1)及び(2)のとおりです。

(1)現状
 クルツ首相は,墺が欧州の諸外国と比較して早い段階に厳格な感染拡大防止策を実施したことにより,他国より早く危機から脱却できるだろうとの認識を示した上で,引き続き全国民に対して徹底して各種措置に従うよう要請しました。また,13日までのイースター週間が特に重要となるだろうとし,同居人以外とはイースターを集まって祝わないよう求めました。

(2)今後の方針
 状況が好転しつつあることを受け,今後も状況を注視して対応を検討するとしつつ,段階的規制緩和を含む現時点での今後の方針につき以下のとおり発表されました。

現在の外出規制措置を4月末まで延長。

14日から400平米までの小規模店舗,ホームセンター及び園芸用品店の営業を許可。5月1日からは全ての店舗,ショッピングセンター,理髪店の営業を許可。ただし,再開した店舗においてはマスク着用義務及び顧客数の制限に係る規制を課す。ホテルやレストラン等のその他の業種については5月中旬から再開を許可。すべての催しは6月末まで禁止する。夏の間の規制措置については4月末の段階で決定する。

学校は5月中旬まで閉校し,大学も今学期中は閉鎖する。大学入学資格取得試験(マトゥーラ)及び職業訓練修了試験は感染予防措置を講じた上で実施する。

スーパー等におけるマスク着用を,来週から公共交通機関及び営業を再開する店舗においても義務づける。職場においては雇用者が決定するべきである。

(当館注:ほとんどのスーパーではマスクは無料配布されるようですが,REWEグループ(BILLA,MERKUR,BIPA,PENNY,ADEG)でのみ,3個セット3ユーロで販売されるとのことです。)

・屋内での6人以上の集会を禁止するよう各自治体に要請した保健省通達を撤回する。(アンショーバー保健相は,現在の外出規制措置の継続により同通達の必要性がなくなった旨説明しました。)

・連邦公園(当館注:シェーンブルン庭園等の国が管理する公園)への立ち入り禁止をイースター後に解除する。


引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:4月6日」

 職場から連絡があり、4月末まで勤務先ビルの閉鎖(=リモートワーク期間の延長)の旨が申し渡される。なかば予想していたことではあるが、決定されるとやはり堪えるものがある。「このままだと太る一方よ!」と嘆く同僚もいる。

 オーストリア政府からは明るいニュースも発表された。国内の状況が好転しつつあるので(感染者の増加率が抑えられてきている)、4月14日から小規模店舗などの再開が許可されるというのだ。

 規制のかけ方が迅速かと思えば、緩和するのも先んじている。クルツ首相がリーダーシップを発揮している。野党の協力姿勢に負う面も大きいかもしれないが。




 夕方の散歩で、たまたまペスト記念柱の前を通りがかる。これは1679年に発生したウィーンの大疫病の後に、祈りを込めて建てられた記念碑である。




 ふと見ると、キャンドル瓶、イコン、子どもが描いた絵などが(おそらくボランタリーに)捧げられていた。

 私はキリスト教徒ではないが、記念碑に面して瞑目をした。


4月7日(火)

 7日(火)15時現在,新たにオーストリア国内で313名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例及び23名の死亡事例が報告されました(累計確定症例数は12,519名(内死亡数:243名,治癒数:4,046名))。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:4月7日」

 夕方になってから、6歳の息子と路面電車62番に乗る。

 「終点まで行ってみよう」と息子が言う。私に反対する理由は何もない。


終点の「Lainz Wolkersbergenstraße」

スーパーのレジ前は1.5メートル間隔を保っている


 春になって青空はまぶしく、スクーターに乗る6歳児の元気は衰えない。ずんずんと歩いて、ラインツァー・ティアガルテンのあたりまで来てしまった。




 このあたりは富裕層が多く住むらしく(どことなくベートーベンの小径の付近に通じる雰囲気がある)、家一軒の敷地が充分に広い。庭先でお隣さんと会話をたのしむご婦人も、1.5メートル以上の距離をゆうに取っている。

 万全なコロナ対策をするには、豊かな持ち家があるとよい。私にはあまり参考にならない(できない)見解だが、それはひとつの見解であった。




 見晴らしの良いポイントでおやつを食べて、ご機嫌のままに帰宅した。順調だったのはそこまでだった。息子がバックパックを紛失していたのだ(奥さんの指摘で初めて発覚した)。

 夜になって独りで再訪したが、見つからず。数日後に政府当局の遺失物管理サイトで調べたがーー自慢ではないが、私はこのサイトに複数回お世話になっているーーやはり見つからず。

 私は紛失物の多い子どもだった。息子もそれを存分に受け継いでいるらしく、だから本件については正面から叱ることが難しい。私にできるのは、「失くした物は見つからないと思っておいたほうがいい」という、諦念にも似た人生の教訓を伝えることだけだ。


4月8日(水)

 8日(水)15時現在,新たにオーストリア国内で333名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例及び30名の死亡事例が報告されました(累計確定症例数は12,852名(内死亡数:273名,治癒数:4,512名))。

(中略)

 8日,ケスティンガー農業・地域・観光相は記者会見を開き,クルツ首相による段階的規制緩和計画の発表を受けた今後の観光に関する見通しについて発表を行いました。発表内容の詳細は以下のとおりです。

(1)墺においては各種措置による感染拡大の鈍化を受けて段階的規制緩和が開始されるが,他国における感染終息,渡航規制解除の見通しは困難。夏の休暇を計画する際には国内で過ごすことを検討してほしい。

(2)レストランやホテル等観光・余暇の業種は5月中旬からの再開を予定。ただし,マスク着用等の衛生的予防措置が条件となる。詳細については4月末に決定する予定。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:4月8日」

 オーストリア現地紙が、コロナ騒動に便乗した犯罪の多発を報じている。

 曰く、高齢者に電話をかけ、「おれだよ、消息不明だった息子だよ/娘だよ」などと名乗る輩がいる。コロナ治療に使わせてね、の弁を信じて金銭を振り込んでみると、その輩は再び、消息不明の闇に潰えるという。

 曰く、高齢者の宅を訪問し、「いま強盗が近くに来ています!」などと名乗る自称・警察官がいる。安全のために貴重品を一時的に押収させていただきますね、の弁を信じて預けると、不思議なことに、その警察官とは二度と相まみえることはないという。

 曰く、コロナ対策の通販ショップを名乗る仮想店舗がインターネット上で新設されている。消毒剤、保護マスク、特効薬などが、「あなただけに」「期間限定で」「今回」「特別に」「ご奉仕価格で」ご提供、の弁を信じて購入ボタンをクリックすると、一両日中に郵送されるはずの商品は虚無に吸い込まれ、銀行口座から代金の引き落としだけが履行されるという。




4月9日(木)

 9日(木)15時現在,新たにオーストリア国内で286名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例及び22名の死亡事例が報告されました(累計確定症例数は13,138名(内死亡数:295名,治癒数:5,240名))。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:4月9日」

 6歳の息子(バックパックを紛失したが精神的ダメージをまったく受けていない息子)の、路線図への興味が持続している。

 しかし、その趣向には最近変化がみられる。これまでは架空都市における架空路線の仔細を詰めていくスタイルだったが(ドイツ語っぽい架空駅の命名に加えて、どこ行きの何番線が何分おきに来るか、といった設定を緻密に配している)、近頃では「1時間以内に25個の路線図を描く」といった風に、ある種のタイムチャレンジのような制約が加わるようになってきた。

 情熱をつき詰めると狂気に漸近してゆく。私の息子もまた例外ではないようだ。




 監督責任を感じた私は、Google Photo内に「路線図だいすき」と題するアルバムを作成。ここに実在する路線図の画像をいくつも放り込んで、彼に自由に閲覧させるようにしむけた。お金のかからない趣味、といえば聞こえはよいだろう。




 息子のお気に入りは、ノルウェーはオスロ市内を走るT-bane(テーバーネ)。見どころは、緑の5番線が中心地を2周していることと、それなのにLørenという駅には停車しないという、その理不尽さである。




 私のお気に入りは、もちろん朝鮮民主主義人民共和国の路線図だ。「勝利」「青春」「復興」「革新」といった前向きな駅名がすばらしいし、実際に利用する市井の人びとの顔つきを想像するのも味わい深い。細かく観察するとやや癖のある乗換駅の描写などもたまらない。

 日本に帰任した暁には、「たのしい路線図」などの書籍を買い与えようと思う。残念ながらKindle版が無いので、ウィーンからの入手が叶わないのだ。


4月10日(金)

 10日(金)15時現在,新たにオーストリア国内で354名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例及び24名の死亡事例が報告されました(累計確定症例数は13,492名(内死亡数:319名,治癒数:6,064名))。

 これまで陸路でのオーストリア入国にあたり制限がなかった対チェコ及び対スロバキア国境においても,入国規制措置が4月14日(火)より開始されます。

 シェンゲン域外からの空路でのオーストリアへの入国規制措置が4月30日まで延長されました。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:4月10日」

 このところ日が長く、天気もすこぶる良い。

 仕事を終えて、ホーフブルク王宮まで軽めのジョギングをする。

 オーストリア全体では3月27日をピークに感染者数が減衰傾向にあって、街の空気がやや緩んできた。親子連れで外出している人たちの姿もよく見かける。




 王宮の中庭でホッケーをする家族もいる。このあたりは(平時であれば)観光客でにぎわうスポットなので、こんなにも穏やかな光景は、きっといましか見られないのだろう。




 しかし、あるいは、もしかしたら、ウィーンとは、世界にも稀なる美しき古都なのではないか。ウィーン生活の最終盤にして、私は今更ながらに気づいたのであった。




4月11日(土)

 墺連邦保健省によれば,11日(土)15時現在,新たにオーストリア国内で284名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例及び18名の死亡事例が報告されました。これでオーストリアにおける確定症例は13,776名(内死亡数:337名,治癒数:6,604名))となります。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:4月11日」

 外出規制の日々で気づかされたことのもうひとつは、「オーストリアのワインは安くてうまい」ということだ。

 いや、そんなことはウィーンに来てから即座に知ったことではあったが、私は家ではビールを飲むことが多く(困ったことにビールも安くてうまいのだ…!)、翻ってワインはホイリゲ(農家経営のワイン酒場)などで飲むものと決めていたふしがある。

 しかし、いま飲食店が軒並み休業となって、開店中のスーパーでワインをもりもり買って、もりもり飲むようになった。ワインのラベルを撮影すると平均価格やレビューなどが出てくるアプリ「Vivino」も、ひさしぶりに取り出して使っている(アメリカ留学以来だ)。

 さらには顧客数が減っているので、地産のサラミやチーズなどに「50%オフ」のシールが貼られる頻度も高い。私を取り巻くすべての環境が、ワイン愛好を促してくるようだ。

 ひとつ困るのは、酒を飲むと文章を書けなくなることだ。いま大いに難航しているデイリーポータルZ向けのトーゴ旅行記も、なかなか筆が進まない。今回の原稿は避けられぬ暴力描写が含まれる予定で、つまりはその追体験をしなければ自身で納得のゆくクオリティにならないので、どうしても気が重くなってしまうのだ。

 この記事のタイトルは、「夜のビーチを歩いてはいけない」となる予定だ。





4月12日(日)

 12日(日)15時現在,新たにオーストリア国内で118名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例及び13名の死亡事例が報告されました(累計確定症例数は13,894名(内死亡数:350名,治癒数:6,987名))。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:4月12日」

 ウィーンの観光用馬車・フィアカー(Fiaker)のお客さんが激減しているので、代わりに高齢者への食事配達に使っているというニュースを読む。なるほど、これなら人助けになるし、業者には適切なお金も入るし、お馬さんたちの運動不足も発展的に解消される。

 これは珍奇にして最高のアイデアだ。暗い世相にあっても、たまにこういうのを考えつく輩が出てくるために、Human Beingという生物種は、総体としてここまで滅びずにやってこれたのではあるまいか。そんな大仰なことすら胸にきざす。


ウィーン中心部を闊歩するフィアカー(写真はコロナ騒動前に撮影したもの)


 夜になって、高木徹の「ドキュメント 戦争広告代理店」を再読する。不朽の名著。NHKという組織に所属していながら、こんなにもオリジナリティがあり、こんなにも芯の通ったものが書けるとは。心の底から感服する。また勇気づけられもする。Kindle版が無いので、一時帰国のときにわざわざ求めたかいがあったというものだ。

 これからヨーロッパのどこかで生活をはじめる予定があって、あわよくば周辺諸国にも旅行をしたいと希望していて、スプーンに小さじ一杯の知的好奇心があって、自らの出自とは色彩の異なる宗教・民族・国家について少なからぬ興味があって、そうしたことについて、柔らかすぎず固すぎず、充分以上の知的訓練を積んだ専門家の視座に立ちつつ、一般読者をぐいぐいと惹きつける筆致でものされた書籍に接してみたい。そうした諸条件を満たす人から、とくに求めがあったとき、私はいつも、この「戦争広告代理店」と、サミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」と、ジョージ・フリードマンの「新・100年予測」と、それから若桑みどりの「クアトロ・ラガッツィ」を、お薦めすることにしている。努めて静かに、努めて慎み深く、しかし満腔の力をこめて。




コロナ逡巡日記⑧に続く)

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