投稿

7月, 2018の投稿を表示しています

息子が英語を話しはじめた

イメージ
私が最も尊敬する同僚は、イラン人のMさんだ。  Mさんは、イランの大学を出てから、英国で博士号を取って、国際機関に入った。そこから実績を重ね、最終的にはDirector(日本の中央省庁でいえば審議官/部長クラス)に出世した。定年後はコンサルタントとして再雇用され、私の所属する部署に身を置いている。  これまで仕事で訪れた国は、ソ連とか、DDR(東ドイツ)とか、ユーゴスラビアとか、いまでは絶対に行けない国も含めて、実に119ヵ国という。大変な国際人なのである。  そんなMさんの持ち味は、人生の酸いも甘いも噛みわけた、注意深く濾された茶葉のようなユーモアセンスだ。  ある日、ギリシャ料理店でMさんは言った。  「ギリシャ・コーヒーを飲むとき、最も注意すべき点を知っているか?」  「なんでしょう」  「トルコ・コーヒーと言わないことだ。もし言えば、きみは店から追い出される」  「なるほど。でもトルコとギリシャのコーヒーは、そりゃあ違いますよね」  「いや、同じなんだけどね」  Mさんの話はつづく。  「ウィーンのカフェ文化は世界中で有名だ。でもそのコーヒーはどこから持ち込まれたか? オスマン帝国、つまりトルコだ。そしてトルコの文化はアラブに影響を受けた。アラブは誰に教わった? そう、ペルシャ(イラン)だよ。すべての道は、イランに通じるんだ」  「ははは」  「宗教も、戦争も、なにもかもね。世界を織りなす善と悪は、ぜんぶイランから来たんだ」 7種類の言語 そんなMさんはベネズエラ人と結婚して、子どもにも恵まれた。  Mさんは、 「子どもは同時に7種類の言語を学習できる」 と信じている。マジックナンバー・セブンという言葉は聞いたことがあるけれど(人間の短期記憶は7つまでが限界という説)、そこからまたずいぶん踏み込んだ考えである。    「 子どもの話し相手は、どんな場合でも同じ言語を使うようにすべき 」とも彼は主張する。そうすれば子どもの脳に吸収されやすくなるというのだ。  これはどういうことか。たとえば、家庭内でMさんは、いつもペルシャ語で子どもに話しかけるようにしているという。そしてMさんの奥さんは、スペイン語だけを話すようにする。  シッターさんはドイツ語で、家に来るお客さんは英語・・・といった具合に、言

くらげに刺され、戦没者を追悼する(マルタ)

イメージ
いま、仕事でお世話になっているマルタさんが2人いる。  同じ部署で働くポーランド人のMartaさんと、日本で働く日本人のMarutaさんだ。  そして私の住居は、なにをかくそう、 マルタ騎士団教会 の隣にある。  マルタ、マルタ、マルタ。  マルタのスリーカード。マルタの三暗刻である。  ここまで来たら、もうマルタ(Malta)に行かない手はないだろう。  マルタのフォーカード。マルタの四暗刻を、ここに完成させるのだ。 ウィーン~マルタは約2時間。マルタ航空で往復85ユーロ(税込)という安さ アラブとヨーロッパが混淆する場所 マルタに到着してまず驚いたのは、その街並みに漂う「アラブっぽさ」だ。  マルタはEU加盟国なのだが、石造りの住宅が並ぶ風景を一枚切り取ってみれば、それはもうヨーロッパというよりアラブに近い。これはたぶん、9~11世紀にアラブ勢力の支配下だった時代の名残だろう。  ところがマルタは、いまでは人口の98%がキリスト教徒である(出所: Lonely Planet Malta & Gozo )。その信仰も敬虔で、ヨーロッパ諸国のあちこちでみられるヌーディストビーチも、マルタでは全面的に禁止されている。  いかにもアラブ風の家の玄関に、カトリックの十字架が飾られている。そんなマルタの住宅街を散歩するのは、なかなか奇妙で新鮮な体験であった。 (もっとも、「アラブ=イスラム教」という理解は必ずしも正しくない。たとえば私の同僚のヨルダン人は、アラビア語を話すキリスト教徒だ) マルタでよく見る表札。家主の名前ではなく、「家」自体に名前をつけている 聖書の登場人物をよく見かけた。日本だったら「イザナギ」とか命名する感じか マルタ騎士団(?)を描いた表札も。素朴画のようなタッチが味わい深い パスタもスープもうさぎもおいしい マルタで次に驚いたのは、食べ物がおいしいことだ。地中海の祝福された食材があって、世界で最も「食べること」に情熱を燃やすイタリア文化の薫陶を受けているわけだから、そのおいしさはほとんど保証されたようなものである。そういえば、ちゃんとアルデンテになっているパスタを、ずいぶんひさしぶりにレストランで食べた気がする。  アンティパス

折りたたみ式ベビーカーは機内に持ち込める

イメージ
以前、 「子連れ旅行のライフハック」 で、折りたたんで飛行機の中に持ち込めるベビーカーを誰か発明してくれないか、といった意味のことを書いた。  そうしたら、それが実際にあったのだ。  2か月前、ウィーンの子供用品店でこれを見つけた。168ユーロ。安くはないが、折りたたみ自転車に比べれば高くもない(註:私は Dahon の愛好家だ)。つい、衝動買いしてしまった。   「 Pockit 」というのが、そのベビーカーの商品名だ。日本語話者の耳には「ポキッと」折れて壊れてしまうような、やや不吉な語感がある。だが幸運にも、そのような展開には至らず、日々のハードな使用によく耐えてくれている。 4台目のベビーカー はじめてベビーカーを入手したのは、 バークレー に住んでいた5年前のことだ。イスラエル人の知己から、イスラエル製のベビーカーを無料でもらった。  それからかなり酷使してきたので(子どもが0歳の頃からよく遠方に出かけていたので)、壊れては買い替え、また壊れては新しきを求め、今回の「ポキッと」もとい「POCKIT」で、実に4台目ということになる。  アメリカでは、あぜ道でも砂利道でも平気で走るような、いかにも頑丈なベビーカーが保守本流で、我が家もそれに影響されて「タフネス第一」のポリシーが長く続いた。この世界観においては、車輪は大きければ大きいほど良いのであった。フレームは太ければ太いほど良いのであった。  それに比べてオーストリアでは(あるいはヨーロッパでは)、より日本人好みというのか、小柄で洗練されたデザインをよく見かける。今回購入したPOCKITはその極北というべきもので、なにしろ折りたたんで飛行機のキャビンに持ち込める。それがこの商品の惹句なのだ。 スーツケース(機内持ち込み可能なサイズ)との比較 私の草履との比較 実際に機内に持ち込んでみる このベビーカーがあれば、ロスバゲ(荷物紛失)の不安とはおさらばだ。バゲージクレームで巨大な回転ずしみたいなベルトコンベアーを凝視する、あの不毛な時間にもさよならだ。  もはや、ベビーカーを折りたたむために、飛行機に乗りたい。  手段と目的が交錯した私の願望。それの叶う日がついにきた。ウィーン~マルタのフライトに乗ったのだ。実はこ