イスラエルの入出国審査、その詳細を書いておこう
イスラエルは、入出国審査が世界でいちばん厳しい国と言われている。
セキュリティチェックで、下着姿にさせられた。
別室に放り込まれ、そのまま3時間も放置された。
パレスチナで働いていたので、入国を拒否された。
そういうアクチュアルなエピソードを仄聞するのだ。
他方で、近年はかなり緩和されたとか、なんの問題もなかったとかいう話も聞こえてくる。「厳しい系」と「無問題系」の振れ幅が、ずいぶんと大きい。
本当のところは、どうなのか。
以下に、私の体験を紹介したい。あくまで個人の事例に過ぎない、というディスクレーマーを如才なく添えつつ、イスラエル渡航を検討されている方への参考となれば幸いだ。
飛行機のタラップを降りた途端、マシンガンを携えた軍人風の男が現れて、なぜか私の方に近づいてきた。
Q. パスポートを見せろ。
A. はい。
Q. イスラエルに来た理由は。
A. 観光(Sightseeing)。
Q. 宿泊場所は。
A.
アブラハム・ホステル・テルアビブ。
Q. どこから来たのか。
A. ウィーンから。
「ここで早くも別室送りか」と瞑目したが、このやり取りだけで無事にリリースされた。
最初に怪しい奴を捕まえておけ、という方針なのか、私だけがこの尋問を受けた。
まあ私は唯一のアジア人搭乗客だったし、その服装も控えめに表現して「行儀のよいホームレス」のようなものではあった。でもいきなりこういう待遇を受けるとは思わなかった。
空港内のパスポートコントロールは、「イスラエル国籍」と「その他」に分けられている。間違えて「イスラエル国籍」に並んでしまったが(ヘブライ語表記なのでわからなかった)、自動読み取り機でエラーとなって、「その他」に並び直した。
早朝ゆえか、それほど長蛇の列ではない。
10分ほど待って、私の審査がはじまった。
Q. イスラエル渡航は初めてか。
A. そうだ。
Q. どこから来たのか。
A.
Originally from Japan, but now live in Vienna, Austria.
Q. 独りで来たのか?
A. そうだ。
Q. ウィーンで何をしているのか?
A. 国連で働いている。
Q. どこに泊まるのか?
A. テルアビブにあるホステルだ。
Q. イスラエルで何をするのか。
A. 観光だ。
Q. どこに行くのか。
A. テルアビブと、エルサレムを考えている。
(ここでパレスチナと言わないよう気をつけた。積極的な嘘はつかない。他方で疑念を招くトピックには自ら言及しない。発話量を最小限に抑える。これが私の基本方針であった)
以上で質疑応答は終了した。その場で発行された「滞在許可証」が渡されて(参照:Google画像検索「Entry Permit Israel」)、これがビザの代わりであるという。
事前情報のとおり、現在ではパスポートにスタンプを押さないようだ(仮に押されてしまうと、そのパスポートで他の中東諸国などへの渡航が非常に難しくなる)。
青色の許可証を自動ゲートの読み取り機にタッチして、無事に空港の自由エリアへ。これで入国プロセスは終わりである。
ちなみに、この許可証を出国前に紛失すると、将棋でいう「詰み」に近い状態になるので、然るべきアテンションが求められる。
私は最初、パンツの中に許可証を隠した。でもこれは覚せい剤の密輸入者と同じ発想だし、衛生的な問題が生じることも容易に想像された。
そこで思い直して、首から(Tシャツの内側に)ぶら下げたパスポートケースにしまい込むことにした。
私が利用した1泊2,800円の安宿にも、念入りな注意書きがあった。バックパッカーというのはいろいろな意味でぎりぎりな行動をする人種だから、実際にトラブルがあったのだろう。
私は大事をとって、4時間前にベン・グリオン国際空港に到着した。
それから1時間くらい、空港内をうろうろした。具体的には、トイレで大便をしたり、別のトイレで小便をしたり、また別のトイレで再び大便をしたりした。
そろそろ行かないと遅れちゃうかな、と思って検査エリアに向かった。するとセキュリティのお姉さんが、「Wizz Airのターミナルは、ここ(第3ターミナル)ではなく第1ターミナル」と言った。
「午前・8時・23分を・お知らせ・します」という時報のアナウンスみたいに、何の感情も読み取れない声色だった。
Not / Here / But / Terminal / One.
瞬間、胸のあたりがキュゥンと絞られるような感じになった。
終わりか?
これは、終わりのはじまりのパターンか?
でも終わりではなかった。地上階から無料のシャトルバスが15分おきに出ていて、そこからおよそ10分で第1ターミナルについた。勘弁してくれ、と私は思った。自分に思った。
第1ターミナルにはLCC(格安航空会社)のチェックインカウンターが集まっている。建物に入ってすぐにセキュリティチェックがある。
私はオンラインで事前にチェックインを済ませていたが(Wizz Airは窓口でチケットを発行すると罰金みたいな手数料を取られるので)、いずれにせよ検査は必須のようだった。
Q. パスポートと搭乗券を見せなさい。
A. はい。
(パスポートの渡航歴を入念にチェックする係官。しばし無言の時間が流れる)
Q. 独りの旅行か?
A. そうだ。
Q. 出発のフライトまであと何時間か?
A. 2時間半くらい。
Q. 荷物は自分でパッキングしたか。
A. はい。
Q. 最後にパッキングした時間と、その場所は。
A. 約3時間前。テルアビブのホステル。
Q. 誰かに荷物の輸送を依頼されたか。
A. いいえ。
Q. 武器を持っているか。発火性のある液体物を持っているか。
(このあたりは棒読み口調で、いかにもやる気のない感じ)
A. いいえ。
Q. よい旅を。
A. ありがとう。
パレスチナ訪問のことを細かく問われたら嫌だな、と思っていたのだが(というのは検問所の記録が残っていると想定されたので)、そのような質問はなかったので安心した。
ここで私のパスポートに、11桁のバーコードがついたシールを貼られる。ブックオフの古本とかに貼られていそうな安っぽいシールだ。
この下1桁の数字が大きいほど危険人物と見なされる、という噂を聞いたが、真偽は不明。私の数字は「3」であった。
そこから上のフロアに行くところで、今度はパスポートコントロールがある。でもここでは特に何の質問もされない。パスポートと搭乗券を事務的に確認し、ピンク色の「出国許可証」を渡されるだけだ(参照:Google画像検索「Exit Permit Israel」)。
最後の関門は手荷物検査である。今回の旅ではスーツケースを持たずに、
このビジネスリュック1個に収めていたので、さほど時間はかかるまいと踏んでいた。
検査の列にはすでに15名ほどが並んでいた。ところが、どういうわけか私だけ別セクションに案内されて、係員が7名がかりで私をチェックする形となった。
これはなかなかのVIP待遇だ。日本である種の接待飲食店に行っても、私だけ7名に囲まれるというケースは滅多にないだろう。まことに重畳、ありがたいことである。
「上着を脱いで、リュックの中身をすべて出しなさい」との指示。さらに小分けされた荷物を、棒状の探査機で時間をかけて調べられた。
このとき私は、パレスチナの観光案内所でもらった地図をリュックに詰めたままだったり、iPadで撮影したいくつかのセンシティブな写真を(クラウド上にバックアップしてから)削除していなかったのを思い出した。すでに検査がはじまっている。ときすでに遅しであった。
特に後者は、痛恨のミスだった。かつて某国の軍需工場を訪れた際、iPhoneをセキュリティに預け忘れた同行者がものすごい剣幕で叱られ、写真を全部検閲されたことを思い出した。
それから、ある友人が、旅行先で軍事施設を意図せず撮影し、某国の秘密警察に逮捕されたことも思い出した。
再び、胸のあたりがキュゥンとなった。
だが私はつとめて平静を装い、「過ぎてしまったことにいつまでもくよくよしたり、まだ見ぬ明日に期待をしすぎたりしていては、禅の境地にはなかなか近づけないものだなあ。これを日々是好日というのだなあ」みたいな微笑をたたえて、あるがままの、レット・イット・ビーの精神で検査に臨んだ。
そうしていたら、特筆すべき詰問もなく、スムースに手続きが終了した。私の下着がパックされた衣類圧縮袋に棒状の探査機が押し当てられたので、「開封して中身を出しましょうか」と女性係官に申し出たところ、「それには及ばぬ」との簡潔な回答をいただいて終わった。
どうやら運がよかったようだ。
だからといって、「イスラエルの入出国審査は楽勝」と断ずるつもりはまったくない。
たとえば、たまたま私と同時期にイスラエルを訪れていたTさんは、持参したスーツケースに付いていたエミレーツ航空のタグに目をつけられて、かなりきつめの尋問を受けたらしい。「数か月前にトランジットでドバイの空港にいただけだ」「自分はイスラム教徒ではない」といったような弁解が必要だったとの由。
やはりイスラム圏への渡航歴の有無は、入出国審査の難易度を決定するクリティカル・ファクターであるようだ。
ちなみに、私がこれまで訪れたことのあるイスラム圏(ここでは便宜的に「国民の半分以上がイスラム教徒の国」とする)は、①マレーシア、②インドネシア、③トルコ、④カタール、⑤アラブ首長国連邦、⑥クウェート、⑦サウジアラビア。記憶する限りこの7ヵ国である。
7ヵ国というのは特別に多いわけではない。平均以下ではないだろうか(何の平均なのかはわからないけど)。でもここで重要なのは「今回持参したパスポートに上記の国のスタンプが押されていない」ことである。渡航前の段階で、私はその点を強く意識していた。
もし私が、イスラム圏のスタンプでいっぱいのパスポートを携えて、さらに
こんな格好をしてベン・グリオン国際空港に降り立ったら、どうなるだろうか。なかなか予想が難しいけれど、おそらくなにか規格外の措置が講じられるのではないだろうか。
私は常よりイスラム教に敬意を表する者である。そしてもし入国審査でイスラム圏の渡航歴を問われていたら、正直に国名を挙げたであろう(前述のとおり、積極的な嘘をつかないのが最善手だと考えているので)。
事実を歪曲しない前提のもとで、状況を有利に運ぶための自前の方法論を拵えておくこと。それは「旅のコツ」みたいな話に留まらず、もっといろいろな分野で応用が効くものだ。私がこの記事を通して読者に――特に若い読者に――伝えたいことは、要すればこの一点に尽きるのだ(と、まさかの説教オチ)。
⇒ 次の記事はこちら:理想の光、暴力の影(イスラエル)
ーーーー
(2020年1月28日追記)
イスラエルを(奥さま&お子さまと一緒に)旅行されたEさんから情報提供をいただいたので、ここに追記することとしたい。
Eさんはイラン渡航歴を有しており、彼のパスポートには(イランからの陸路ルートでしか入国しえない検問所で発行された)トルクメニスタンのビザが貼られている。けれども、どうやら大過なく入出国できたようだ。以下、Eさんのコメントをそのまま掲載したい。
・家族で訪れたせいか、入国時は全く質問をされずすんなり入国カードが発行され、出国時もほとんど並ぶこともなく質問も簡単なもので2分で終了でした。
・あっさりしすぎていて拍子抜け、帰りはターミナル3に比べしょぼいターミナル1で時間を持てあましました。
・出国時には、空港職員から「セキュリティ上の管理のため、いくつか質問をさせていただく」と言われ、以下の質疑応答がありました。
Q. UAEへこれまで行ったことはあるか?
A. (パスポートにある記録から)自分は2回、家族は1回である。
Q. 目的は? 現地に知り合いはいるか?
A. 1回はトランジット、1回は家族で観光である。
Q. 観光で訪れた際の滞在日数は?
A. 5日間である。
Q. 現地での宿泊した場所は?
A. ドバイである。
Q. イスラエルはどこに宿泊したのか?
A. エルサレム旧市街近くのXXというホテルである。
Q. 機内に危険物を持ち込ませようとする人物がいるため安全のため確認するが、イスラエル滞在中に誰かに土産等をもらったりしたりしたか?
A. ない。
⇒ ご協力感謝する。良い旅を!
・全体的に観光地化を進めようとしているようで、家族連れ観光客には特に寛容に感じました。
・妻が見かけたところでは、アラブ系、若しくは個人客で格好が目立つような人には取り調べのため声をかけているようです。
セキュリティチェックで、下着姿にさせられた。
別室に放り込まれ、そのまま3時間も放置された。
パレスチナで働いていたので、入国を拒否された。
そういうアクチュアルなエピソードを仄聞するのだ。
他方で、近年はかなり緩和されたとか、なんの問題もなかったとかいう話も聞こえてくる。「厳しい系」と「無問題系」の振れ幅が、ずいぶんと大きい。
本当のところは、どうなのか。
以下に、私の体験を紹介したい。あくまで個人の事例に過ぎない、というディスクレーマーを如才なく添えつつ、イスラエル渡航を検討されている方への参考となれば幸いだ。
入国審査(2018年12月19日)
ハンガリーの格安航空会社ウィズ・エアー(Wizz Air)で、「ウィーン国際空港 ⇒ ベン・グリオン国際空港」の直行便に搭乗した。往復運賃は約100ユーロ。A321の旧型機で、3時間25分のフライトだった。飛行機のタラップを降りた途端、マシンガンを携えた軍人風の男が現れて、なぜか私の方に近づいてきた。
Q. パスポートを見せろ。
A. はい。
Q. イスラエルに来た理由は。
A. 観光(Sightseeing)。
Q. 宿泊場所は。
A.
Q. どこから来たのか。
A. ウィーンから。
「ここで早くも別室送りか」と瞑目したが、このやり取りだけで無事にリリースされた。
最初に怪しい奴を捕まえておけ、という方針なのか、私だけがこの尋問を受けた。
まあ私は唯一のアジア人搭乗客だったし、その服装も控えめに表現して「行儀のよいホームレス」のようなものではあった。でもいきなりこういう待遇を受けるとは思わなかった。
空港内のパスポートコントロールは、「イスラエル国籍」と「その他」に分けられている。間違えて「イスラエル国籍」に並んでしまったが(ヘブライ語表記なのでわからなかった)、自動読み取り機でエラーとなって、「その他」に並び直した。
早朝ゆえか、それほど長蛇の列ではない。
10分ほど待って、私の審査がはじまった。
Q. イスラエル渡航は初めてか。
A. そうだ。
Q. どこから来たのか。
A.
Q. 独りで来たのか?
A. そうだ。
Q. ウィーンで何をしているのか?
A. 国連で働いている。
Q. どこに泊まるのか?
A. テルアビブにあるホステルだ。
Q. イスラエルで何をするのか。
A. 観光だ。
Q. どこに行くのか。
A. テルアビブと、エルサレムを考えている。
(ここでパレスチナと言わないよう気をつけた。積極的な嘘はつかない。他方で疑念を招くトピックには自ら言及しない。発話量を最小限に抑える。これが私の基本方針であった)
以上で質疑応答は終了した。その場で発行された「滞在許可証」が渡されて(参照:Google画像検索「Entry Permit Israel」)、これがビザの代わりであるという。
事前情報のとおり、現在ではパスポートにスタンプを押さないようだ(仮に押されてしまうと、そのパスポートで他の中東諸国などへの渡航が非常に難しくなる)。
アラブ諸国へ行く人への注意
イスラエルではどの国への入国実績があっても原則として入国を拒否しないが、アラブ諸国などのなかにはイスラエル入国の痕跡がパスポートにあると、自国への入国を認めない国がある。2018年8月現在、イスラエルの入出国では、パスポートにスタンプを押されないが、陸路でエジプト及びヨルダンの国境を越える場合、それぞれの国の入出国スタンプはパスポートに押されてしまう。イスラエル旅行と同時にアラブ諸国へ行こうと思っている人は、渡航する順番に気をつけよう。
イスラエルではどの国への入国実績があっても原則として入国を拒否しないが、アラブ諸国などのなかにはイスラエル入国の痕跡がパスポートにあると、自国への入国を認めない国がある。2018年8月現在、イスラエルの入出国では、パスポートにスタンプを押されないが、陸路でエジプト及びヨルダンの国境を越える場合、それぞれの国の入出国スタンプはパスポートに押されてしまう。イスラエル旅行と同時にアラブ諸国へ行こうと思っている人は、渡航する順番に気をつけよう。
引用:地球の歩き方 イスラエル 2019-2020(電子書籍版)
ダイヤモンド・ビッグ社 p.294
ダイヤモンド・ビッグ社 p.294
青色の許可証を自動ゲートの読み取り機にタッチして、無事に空港の自由エリアへ。これで入国プロセスは終わりである。
ちなみに、この許可証を出国前に紛失すると、将棋でいう「詰み」に近い状態になるので、然るべきアテンションが求められる。
私は最初、パンツの中に許可証を隠した。でもこれは覚せい剤の密輸入者と同じ発想だし、衛生的な問題が生じることも容易に想像された。
そこで思い直して、首から(Tシャツの内側に)ぶら下げたパスポートケースにしまい込むことにした。
出国審査(2018年12月24日)
イスラエルから出国する者は、3時間前には空港に着くよう当局が「強く推奨」している。私が利用した1泊2,800円の安宿にも、念入りな注意書きがあった。バックパッカーというのはいろいろな意味でぎりぎりな行動をする人種だから、実際にトラブルがあったのだろう。
私は大事をとって、4時間前にベン・グリオン国際空港に到着した。
それから1時間くらい、空港内をうろうろした。具体的には、トイレで大便をしたり、別のトイレで小便をしたり、また別のトイレで再び大便をしたりした。
そろそろ行かないと遅れちゃうかな、と思って検査エリアに向かった。するとセキュリティのお姉さんが、「Wizz Airのターミナルは、ここ(第3ターミナル)ではなく第1ターミナル」と言った。
「午前・8時・23分を・お知らせ・します」という時報のアナウンスみたいに、何の感情も読み取れない声色だった。
Not / Here / But / Terminal / One.
瞬間、胸のあたりがキュゥンと絞られるような感じになった。
終わりか?
これは、終わりのはじまりのパターンか?
でも終わりではなかった。地上階から無料のシャトルバスが15分おきに出ていて、そこからおよそ10分で第1ターミナルについた。勘弁してくれ、と私は思った。自分に思った。
第1ターミナルにはLCC(格安航空会社)のチェックインカウンターが集まっている。建物に入ってすぐにセキュリティチェックがある。
私はオンラインで事前にチェックインを済ませていたが(Wizz Airは窓口でチケットを発行すると罰金みたいな手数料を取られるので)、いずれにせよ検査は必須のようだった。
Q. パスポートと搭乗券を見せなさい。
A. はい。
(パスポートの渡航歴を入念にチェックする係官。しばし無言の時間が流れる)
Q. 独りの旅行か?
A. そうだ。
Q. 出発のフライトまであと何時間か?
A. 2時間半くらい。
Q. 荷物は自分でパッキングしたか。
A. はい。
Q. 最後にパッキングした時間と、その場所は。
A. 約3時間前。テルアビブのホステル。
Q. 誰かに荷物の輸送を依頼されたか。
A. いいえ。
Q. 武器を持っているか。発火性のある液体物を持っているか。
(このあたりは棒読み口調で、いかにもやる気のない感じ)
A. いいえ。
Q. よい旅を。
A. ありがとう。
パレスチナ訪問のことを細かく問われたら嫌だな、と思っていたのだが(というのは検問所の記録が残っていると想定されたので)、そのような質問はなかったので安心した。
ここで私のパスポートに、11桁のバーコードがついたシールを貼られる。ブックオフの古本とかに貼られていそうな安っぽいシールだ。
この下1桁の数字が大きいほど危険人物と見なされる、という噂を聞いたが、真偽は不明。私の数字は「3」であった。
そこから上のフロアに行くところで、今度はパスポートコントロールがある。でもここでは特に何の質問もされない。パスポートと搭乗券を事務的に確認し、ピンク色の「出国許可証」を渡されるだけだ(参照:Google画像検索「Exit Permit Israel」)。
最後の関門は手荷物検査である。今回の旅ではスーツケースを持たずに、
このビジネスリュック1個に収めていたので、さほど時間はかかるまいと踏んでいた。
検査の列にはすでに15名ほどが並んでいた。ところが、どういうわけか私だけ別セクションに案内されて、係員が7名がかりで私をチェックする形となった。
これはなかなかのVIP待遇だ。日本である種の接待飲食店に行っても、私だけ7名に囲まれるというケースは滅多にないだろう。まことに重畳、ありがたいことである。
「上着を脱いで、リュックの中身をすべて出しなさい」との指示。さらに小分けされた荷物を、棒状の探査機で時間をかけて調べられた。
このとき私は、パレスチナの観光案内所でもらった地図をリュックに詰めたままだったり、iPadで撮影したいくつかのセンシティブな写真を(クラウド上にバックアップしてから)削除していなかったのを思い出した。すでに検査がはじまっている。ときすでに遅しであった。
特に後者は、痛恨のミスだった。かつて某国の軍需工場を訪れた際、iPhoneをセキュリティに預け忘れた同行者がものすごい剣幕で叱られ、写真を全部検閲されたことを思い出した。
それから、ある友人が、旅行先で軍事施設を意図せず撮影し、某国の秘密警察に逮捕されたことも思い出した。
再び、胸のあたりがキュゥンとなった。
だが私はつとめて平静を装い、「過ぎてしまったことにいつまでもくよくよしたり、まだ見ぬ明日に期待をしすぎたりしていては、禅の境地にはなかなか近づけないものだなあ。これを日々是好日というのだなあ」みたいな微笑をたたえて、あるがままの、レット・イット・ビーの精神で検査に臨んだ。
そうしていたら、特筆すべき詰問もなく、スムースに手続きが終了した。私の下着がパックされた衣類圧縮袋に棒状の探査機が押し当てられたので、「開封して中身を出しましょうか」と女性係官に申し出たところ、「それには及ばぬ」との簡潔な回答をいただいて終わった。
どうやら運がよかったようだ。
問題はなかった。しかし留意点はある
そういうわけで、私の場合は、入出国ともにトラブルは起こらず、どちらも短時間でプロセスが終了した。だからといって、「イスラエルの入出国審査は楽勝」と断ずるつもりはまったくない。
たとえば、たまたま私と同時期にイスラエルを訪れていたTさんは、持参したスーツケースに付いていたエミレーツ航空のタグに目をつけられて、かなりきつめの尋問を受けたらしい。「数か月前にトランジットでドバイの空港にいただけだ」「自分はイスラム教徒ではない」といったような弁解が必要だったとの由。
やはりイスラム圏への渡航歴の有無は、入出国審査の難易度を決定するクリティカル・ファクターであるようだ。
ちなみに、私がこれまで訪れたことのあるイスラム圏(ここでは便宜的に「国民の半分以上がイスラム教徒の国」とする)は、①マレーシア、②インドネシア、③トルコ、④カタール、⑤アラブ首長国連邦、⑥クウェート、⑦サウジアラビア。記憶する限りこの7ヵ国である。
7ヵ国というのは特別に多いわけではない。平均以下ではないだろうか(何の平均なのかはわからないけど)。でもここで重要なのは「今回持参したパスポートに上記の国のスタンプが押されていない」ことである。渡航前の段階で、私はその点を強く意識していた。
もし私が、イスラム圏のスタンプでいっぱいのパスポートを携えて、さらに
こんな格好をしてベン・グリオン国際空港に降り立ったら、どうなるだろうか。なかなか予想が難しいけれど、おそらくなにか規格外の措置が講じられるのではないだろうか。
私は常よりイスラム教に敬意を表する者である。そしてもし入国審査でイスラム圏の渡航歴を問われていたら、正直に国名を挙げたであろう(前述のとおり、積極的な嘘をつかないのが最善手だと考えているので)。
事実を歪曲しない前提のもとで、状況を有利に運ぶための自前の方法論を拵えておくこと。それは「旅のコツ」みたいな話に留まらず、もっといろいろな分野で応用が効くものだ。私がこの記事を通して読者に――特に若い読者に――伝えたいことは、要すればこの一点に尽きるのだ(と、まさかの説教オチ)。
⇒ 次の記事はこちら:理想の光、暴力の影(イスラエル)
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(2020年1月28日追記)
イスラエルを(奥さま&お子さまと一緒に)旅行されたEさんから情報提供をいただいたので、ここに追記することとしたい。
Eさんはイラン渡航歴を有しており、彼のパスポートには(イランからの陸路ルートでしか入国しえない検問所で発行された)トルクメニスタンのビザが貼られている。けれども、どうやら大過なく入出国できたようだ。以下、Eさんのコメントをそのまま掲載したい。
・家族で訪れたせいか、入国時は全く質問をされずすんなり入国カードが発行され、出国時もほとんど並ぶこともなく質問も簡単なもので2分で終了でした。
・あっさりしすぎていて拍子抜け、帰りはターミナル3に比べしょぼいターミナル1で時間を持てあましました。
・出国時には、空港職員から「セキュリティ上の管理のため、いくつか質問をさせていただく」と言われ、以下の質疑応答がありました。
Q. UAEへこれまで行ったことはあるか?
A. (パスポートにある記録から)自分は2回、家族は1回である。
Q. 目的は? 現地に知り合いはいるか?
A. 1回はトランジット、1回は家族で観光である。
Q. 観光で訪れた際の滞在日数は?
A. 5日間である。
Q. 現地での宿泊した場所は?
A. ドバイである。
Q. イスラエルはどこに宿泊したのか?
A. エルサレム旧市街近くのXXというホテルである。
Q. 機内に危険物を持ち込ませようとする人物がいるため安全のため確認するが、イスラエル滞在中に誰かに土産等をもらったりしたりしたか?
A. ない。
⇒ ご協力感謝する。良い旅を!
・全体的に観光地化を進めようとしているようで、家族連れ観光客には特に寛容に感じました。
・妻が見かけたところでは、アラブ系、若しくは個人客で格好が目立つような人には取り調べのため声をかけているようです。
コメント
アラブ諸国の前にイスラエルに先に来たのは間違いか,,,, とトランジット中に慄いているところSatoruさんのブログが参考になりました。イスラエル出入国審査の質問ディテール、パレスチナでの御奮闘記、それから勿論、極み付けのイラン滞在記! 無料で読ませて頂き申し訳ないです。今もご旅行中(コロンボ如何でしたか)と見受けますが、ブログ次回作を楽しみにしております‼️
未踏の国を旅行するとき、私自身が先人たちの詳らかな経験談に助けられてきました。だから、拙ブログは、広い意味での「恩返し」のようなものかもしれません。
読者諸氏にとって、これらの記事が何がしかのお役に立てれば、そして敢えて骨を折って旅をしようという意欲を呼び覚ますことに成功したとしたら、がんばってこれを書いたかいがあったというものです。
わたし自身(Partnerと二人旅)も…宿泊ホテルと危険物などの短い質問で審査終了でした イスラエル観光の推進の説は正に仰る通りかと❗️
それにしてもトーブでご登場、ヤア!とばかりに笑顔でご挨拶の画像、激アツで笑い続けました。