地中海の楽園はオフシーズンも悪くない(マヨルカ島)
そろそろカナリヤ諸島に行きたいな、と私は思った。
去年の冬、「地獄のような天国」のフエルテベントゥラ島に出かけて、太陽の光をたっぷり浴びてきた。あれは忘れがたき経験であった。身体の芯まで温まるような経験であった。
そして今年もまた、ウィーンの寒さから逃避する時期がやってきた。私は下調べを進めて、
バレアレス諸島のマヨルカ島に到着したのであった。
おや、と思われた向きもあられるかもしれない。カナリヤ諸島はどこに行ったんだ、と。
でも私はここで弁解を並べるつもりはない。一言だけ述べるなら、スペインの格安航空会社Levelがすごく安かった、ということである。冬休みの繁忙シーズンだというのに、家族4名で往復380ユーロという破格であった。(そしてフライトは快適だった)
こうして私は、「スペイン領の南の島」という共通点を頼りに、フエルテベントゥラ島からマヨルカ島へと鞍替えしたのであった。
おいしいパエリアと、穏やかなビーチだけが、私の罪深き魂を洗い直してくれるのだ。
スペインの某大学でMBAを取得した私の先輩が、「授業のディスカッションが進まない」とこぼしていたのを思い出す。「とにかくあいつら話を聞かないんだよ。4人いたら、4人が同時に話し出す。相手の話なんて誰も聞いていない。だから対話というのが成立しない。そんなのむちゃくちゃだろう? でもそれがスペインなんだよ」
そんな先輩が生き抜いたコツは、「大きな声を出す」ことだという。「語彙とか文法とか、そんなことはどうでもいい。重要なのは、とにかく大きな声を出すことなんだ」
なんだそりゃ、と私はそのとき笑ったが、しかしいまならよくわかる。アメンボ赤いなあいうえお。スペイン系の人たちと付き合うには、発声練習がモノを言うのである。
たしかにスペイン語は国連の公用語のひとつではあるけれど、そんなのってありかよ、と私は思った。結局、「importante」という単語しか聞き取れず、「なにかが重要らしい」という情報しか得られなかった。なにかが重要らしい。そんな情報は完全に無意味である。
ことほどさように、スペイン系の人たちというのは全体的にめちゃくちゃなところがある。しかし私は彼らを憎みきることができない。あのカラっとした陽気さに接すると、どうしても心が和んでしまうのだ。
そしてこれは私がつねづね不思議に思っていることなのだが、彼の国の旧植民地の人びとの気質も、相当に深いところまで「スペイン寄り」であるように思えるのだ。これがたとえば、インド人やバングラデシュ人なら、一握りのエリート層を除けば英国気質とは距離がある。
でもキューバ人やペルー人の私の知人は、スペイン的な性格を、「ちゃんかちゃんか」したリズムの精神を、(良くも悪くも)そのままダイレクトに受け継いでいるように見えるのだ。
これはどういうことなのか。やはりスペイン系はくせになる、ということなのか。それとも私は物事の表面しか見ていないのだろうか。
確たる答えを得られないまま、私を乗せた飛行機が地中海の楽園に着陸した。
このHiper Rent A Carは実際にすばらしいレンタカー会社で、Škoda社のRapid Spacebackという車を5日ほど借りて、合計253ユーロ(保険+税込み)というから良心的な値段であった。
私にとってはフエルテベントゥラ島以来の約1年ぶりの運転で、AT車なのに発進の仕方すら忘れてしまっていたが――どうしようもなくなって店員さんに「この車はどうやったら発進できるのか」と質問したときの、先方の唖然とした表情には忘れがたいものがあったが――しばらくして調子を取り戻し、私はマヨルカ島の中央部をぐんぐん突っ走ってゆくのであった。
マヨルカ島では、1年で300日以上も晴天が続くという。これはもうご機嫌になるしかない。そうして私は、いよいよ気分を高揚させていって、
電柱に衝突してバックミラーを割った。ぐしゃ、という鈍い音がして、破壊力学の理論を私に思い出させることになった。
ここではしっかり保険が効いて、金銭の追加負担は求められなかった。「まあこのくらいの事故はよくあること。オーケー、オーケー!」と店員さんに励まされた。こういうとき、スペイン人のポジティブな精神はありがたいものである。
ちなみにこの1ヶ月後、私はアイスランドでより深刻な事故を起こすのだが、これについてはまた別の機会に語ることとしたい。
私はここをExpediaで見つけたのだが、広さは200平米、バスルームは3つ、ベッドは8台もあるという。なんだか豪邸のようなイメージだが、これで1泊1万円。こんなにうまい話があっていいのか、と喜び勇んで予約した。
しかし、こんなにうまい話には、やはり裏があったのである。
まず、水道が完全に壊れていた。蛇口をひねると水が出る、などという常識はここでは通用しなかった。風呂は使えず、トイレは壊滅的な状況に追い込まれた。
すぐに苦情を申し立てたが、そこは年末のスペイン、やすやすと物事は進まない。1日目、大家さんが様子を見に来たが、ただ「様子を見る」だけで終わってしまった。2日目、修理工が来てくれたが、「よくわからない」との結論で終わってしまった。3日目、修理工がポンプの交換部品を持ってきたが、うまく動かずに終わってしまった(間違った部品だったのだ)。
ようやく直ったのは4日目だったが、それはもはや我々の最終日であった。
このホテルの滞在を終えて、私の胸に湧き上がったのは、大いなる感謝の気持ちであった。人間は水がないと生きていけないということについて、傲慢な文明人であった私に「気づき」のきっかけをくれて感謝。Expediaでまだレビューがついていない新規登録ホテルはヤバイ、という「気づき」を与えてくれて感謝。
みんなハッピー、みんなに感謝、と私は思った。7つの習慣を身につけて、人生がときめく片づけの魔法で、情報を1冊のノートにまとめて、朝4時起きで夢はかなう、と私は思った。
そうして私は、Expediaのレビューに「1:最悪」と書き込んだ。
また行きたいね、と私は答える。マヨルカ島のいいところは、いくらでも挙げられる。
去年の冬、「地獄のような天国」のフエルテベントゥラ島に出かけて、太陽の光をたっぷり浴びてきた。あれは忘れがたき経験であった。身体の芯まで温まるような経験であった。
そして今年もまた、ウィーンの寒さから逃避する時期がやってきた。私は下調べを進めて、
バレアレス諸島のマヨルカ島に到着したのであった。
おや、と思われた向きもあられるかもしれない。カナリヤ諸島はどこに行ったんだ、と。
でも私はここで弁解を並べるつもりはない。一言だけ述べるなら、スペインの格安航空会社Levelがすごく安かった、ということである。冬休みの繁忙シーズンだというのに、家族4名で往復380ユーロという破格であった。(そしてフライトは快適だった)
こうして私は、「スペイン領の南の島」という共通点を頼りに、フエルテベントゥラ島からマヨルカ島へと鞍替えしたのであった。
おいしいパエリアと、穏やかなビーチだけが、私の罪深き魂を洗い直してくれるのだ。
とにかく大きな声を出す
これはきっと多くの人に賛同いただけると思うのだが、スペイン人というのは、総じて明るく陽気な人たちである。日射に恵まれた国のメンタリティというか、まあ細かいことはいいから人生をたのしんでいこうぜ、みたいなノリでやっている。スペインの某大学でMBAを取得した私の先輩が、「授業のディスカッションが進まない」とこぼしていたのを思い出す。「とにかくあいつら話を聞かないんだよ。4人いたら、4人が同時に話し出す。相手の話なんて誰も聞いていない。だから対話というのが成立しない。そんなのむちゃくちゃだろう? でもそれがスペインなんだよ」
そんな先輩が生き抜いたコツは、「大きな声を出す」ことだという。「語彙とか文法とか、そんなことはどうでもいい。重要なのは、とにかく大きな声を出すことなんだ」
なんだそりゃ、と私はそのとき笑ったが、しかしいまならよくわかる。アメンボ赤いなあいうえお。スペイン系の人たちと付き合うには、発声練習がモノを言うのである。
スペイン系はくせになる
国際機関で働きはじめたころ、とあるカリブ海の小国をゲストに迎えた会議で、議長役の女性(スペイン系)が、「この中にスペイン語を話せない人はいる? いたら手を挙げて」と口火を切った。私を含めた4,5名の手が挙がったが、「まあそのくらいか。それじゃあ悪いけど、この会議はスペイン語でやります」と言って、あとは全部スペイン語で進行した。たしかにスペイン語は国連の公用語のひとつではあるけれど、そんなのってありかよ、と私は思った。結局、「importante」という単語しか聞き取れず、「なにかが重要らしい」という情報しか得られなかった。なにかが重要らしい。そんな情報は完全に無意味である。
ことほどさように、スペイン系の人たちというのは全体的にめちゃくちゃなところがある。しかし私は彼らを憎みきることができない。あのカラっとした陽気さに接すると、どうしても心が和んでしまうのだ。
そしてこれは私がつねづね不思議に思っていることなのだが、彼の国の旧植民地の人びとの気質も、相当に深いところまで「スペイン寄り」であるように思えるのだ。これがたとえば、インド人やバングラデシュ人なら、一握りのエリート層を除けば英国気質とは距離がある。
でもキューバ人やペルー人の私の知人は、スペイン的な性格を、「ちゃんかちゃんか」したリズムの精神を、(良くも悪くも)そのままダイレクトに受け継いでいるように見えるのだ。
これはどういうことなのか。やはりスペイン系はくせになる、ということなのか。それとも私は物事の表面しか見ていないのだろうか。
確たる答えを得られないまま、私を乗せた飛行機が地中海の楽園に着陸した。
この車はどうやって発進するのか
私はかつて「レンタカー会社は事前に評判をチェックすべし」という文章を書いたが(⇒ 子連れ旅行のライフハック)、マヨルカ島でも抜かりなく調べて、Hiper Rent A Carという高評価のローカル会社を選んだ。そういえば「Hiper」と冠したスーパーもよく見かけた。どうもスペイン人は「Hiper」という言葉が好きなようだ。私も小学生の頃に好きだった。このHiper Rent A Carは実際にすばらしいレンタカー会社で、Škoda社のRapid Spacebackという車を5日ほど借りて、合計253ユーロ(保険+税込み)というから良心的な値段であった。
私にとってはフエルテベントゥラ島以来の約1年ぶりの運転で、AT車なのに発進の仕方すら忘れてしまっていたが――どうしようもなくなって店員さんに「この車はどうやったら発進できるのか」と質問したときの、先方の唖然とした表情には忘れがたいものがあったが――しばらくして調子を取り戻し、私はマヨルカ島の中央部をぐんぐん突っ走ってゆくのであった。
マヨルカ島では、1年で300日以上も晴天が続くという。これはもうご機嫌になるしかない。そうして私は、いよいよ気分を高揚させていって、
電柱に衝突してバックミラーを割った。ぐしゃ、という鈍い音がして、破壊力学の理論を私に思い出させることになった。
ここではしっかり保険が効いて、金銭の追加負担は求められなかった。「まあこのくらいの事故はよくあること。オーケー、オーケー!」と店員さんに励まされた。こういうとき、スペイン人のポジティブな精神はありがたいものである。
ちなみにこの1ヶ月後、私はアイスランドでより深刻な事故を起こすのだが、これについてはまた別の機会に語ることとしたい。
「気づき」の機会を得て人間は成長していく
今回の旅では、Can Picafortという北西部の小さな集落(ガイドブックにも載っていない)にあるPascucanというアパート型ホテルに泊まった。私はここをExpediaで見つけたのだが、広さは200平米、バスルームは3つ、ベッドは8台もあるという。なんだか豪邸のようなイメージだが、これで1泊1万円。こんなにうまい話があっていいのか、と喜び勇んで予約した。
しかし、こんなにうまい話には、やはり裏があったのである。
まず、水道が完全に壊れていた。蛇口をひねると水が出る、などという常識はここでは通用しなかった。風呂は使えず、トイレは壊滅的な状況に追い込まれた。
すぐに苦情を申し立てたが、そこは年末のスペイン、やすやすと物事は進まない。1日目、大家さんが様子を見に来たが、ただ「様子を見る」だけで終わってしまった。2日目、修理工が来てくれたが、「よくわからない」との結論で終わってしまった。3日目、修理工がポンプの交換部品を持ってきたが、うまく動かずに終わってしまった(間違った部品だったのだ)。
ようやく直ったのは4日目だったが、それはもはや我々の最終日であった。
このホテルの滞在を終えて、私の胸に湧き上がったのは、大いなる感謝の気持ちであった。人間は水がないと生きていけないということについて、傲慢な文明人であった私に「気づき」のきっかけをくれて感謝。Expediaでまだレビューがついていない新規登録ホテルはヤバイ、という「気づき」を与えてくれて感謝。
みんなハッピー、みんなに感謝、と私は思った。7つの習慣を身につけて、人生がときめく片づけの魔法で、情報を1冊のノートにまとめて、朝4時起きで夢はかなう、と私は思った。
そうして私は、Expediaのレビューに「1:最悪」と書き込んだ。
我々はいまたしかに楽園に来ているのだ
マヨルカ島は日本でもよく知られているが、ヨーロッパでもバカンスの一等地としてその地位を保っている。「地中海クルーズ」みたいなツアーを見ると、たいていはマヨルカ島を含んだ行程である。そして周りの人たちも口を揃えて言うのだ、「マヨルカ島は最高だよ」と。
でも実際にここに来て思ったのは、意外なほどに観光地化されていないな、ということだ。もちろん中心部のパルマ(Palma de Mallorca)は別格として、そこからちょっと離れると、すぐに手つかずの自然の景色が広がる。あとはいかにものんびりとした集落が、ぽつりぽつりと点在するばかりなのだ。
そして逆説的に言うならば、「あまり観光地化されていない」からこそ、マヨルカ島は私にとって最高に気持ちのよい観光地だった。しかもオフシーズンだから、観光案内所は閉まっているし、レストランも3割くらいしか空いていない。マヨルカ島の人たちにとっては、年末にあくせく働いて小銭を稼ぐよりも、自分たちがゆっくり休む方が大切なのだろう。
でもそれは健全な考え方ではある。我々としても、3割のレストランがオープンしていればそれで十分じゃないか、という気がしてくる。
子どもたちは島北部のアルクディア(Alcúdia)のビーチがお気に入りで、ここを繰り返し訪れることになった。季節は冬だが、太陽の気前がよければ海に入れるくらいの暖かさだ。
2歳の息子はおむつを脱ぎ捨てて、おちんちんをぷらぷらさせながら、浅瀬をじゃぶじゃぶかき分けている。5歳の息子は小魚を追いかけたり、拾った棒で新しい自宅を建設する作業に余念がない。
ああ、我々はいまたしかに楽園に来ているのだ。オフシーズンの楽園に。
そして逆説的に言うならば、「あまり観光地化されていない」からこそ、マヨルカ島は私にとって最高に気持ちのよい観光地だった。しかもオフシーズンだから、観光案内所は閉まっているし、レストランも3割くらいしか空いていない。マヨルカ島の人たちにとっては、年末にあくせく働いて小銭を稼ぐよりも、自分たちがゆっくり休む方が大切なのだろう。
でもそれは健全な考え方ではある。我々としても、3割のレストランがオープンしていればそれで十分じゃないか、という気がしてくる。
子どもたちは島北部のアルクディア(Alcúdia)のビーチがお気に入りで、ここを繰り返し訪れることになった。季節は冬だが、太陽の気前がよければ海に入れるくらいの暖かさだ。
2歳の息子はおむつを脱ぎ捨てて、おちんちんをぷらぷらさせながら、浅瀬をじゃぶじゃぶかき分けている。5歳の息子は小魚を追いかけたり、拾った棒で新しい自宅を建設する作業に余念がない。
ああ、我々はいまたしかに楽園に来ているのだ。オフシーズンの楽園に。
観光案内所は完全にお休みだった |
「パパ、スペインって、本当にいいところだね」と5歳児が言う。「スペイン、すき」と2歳児が言う。
子どもたちにとってスペインとは、いまのところフエルテベントゥラ島とマヨルカ島のことである。いささかイメージに偏りがあるけれど、たしかに文句のつけがたい場所である。
また行きたいね、と私は答える。マヨルカ島のいいところは、いくらでも挙げられる。
まず、魚介類がおいしい(Arrocería Sa Crancaのイカスミパエリアと魚介スープは至福だった!)。農作物もよく育つ。地産のワインだってある。大陸からほど近く、物流コストも高くない。地震や津波の心配もあまりない。沖縄やハワイのような悲しい歴史もない。同じ地中海の島国・マルタのように苛烈なバトルフィールドにもなっていない。
世の中というのはつくづく不平等なものだ、と私は何千回目の事実に対峙する。小便も凍りつくような極寒の大地や、明日の水を得るのも容易でない砂漠の地方に比べて、マヨルカ島の暮らしはなんと恵まれていることか。生まれた地域が異なるだけで、この自然条件の圧倒的な不平等はどういうことなのか。
でもその不平等を前にして、「ずるい」とか「是正せよ」とかいった気持ちは私にはない。むしろ、世の中に一箇所くらいそんな場所があってもいいじゃないかと思っている。そういう存在を救いとして、そこから遠く離れた環境で生きしのぐ人がいるかもしれないわけだから。
「ああ、マヨルカ島、よかったねえ。死ぬ前にもう一度、行きたかったねえ」と言って息をひきとるイギリス人のおばあちゃんがいたかもしれない。彼女は50年前にマヨルカ島でハビエル・バルデム似の青年と知り合って、沈みゆく夕陽とともに恋に落ちたかもしれない。自分たちをジョルジュ・サンドとフレデリック・ショパンの逃避行になぞらえて、その青春の傲慢さに気づかずにいられたかもしれない。裸になったハビエル・バルデムは意外にもくすぐったがり屋だったかもしれない。マヨルカ島の雲間から射す光に祝福されてはじまった同棲生活は、しかしハビエル・バルデムが人の話を全然聞かない性格だったり、お互いに日常の実務能力が著しく欠落していたこともあって、半年も経たずに終止符を打ったのかもしれない。そうしてグラスゴー近郊の退屈な田舎町に戻って、そのまま半世紀が過ぎて、ついには何を成し遂げることもなく、何を築き上げるでもなかった自らの孤独な人生を振り返って、あのマヨルカ島の儚い日々だけが総天然色の記憶として彼女の心を慰めたかもしれない。繰り返された追憶は、マヨルカ島の風景をいくぶん美化しすぎていて、だから本物のマヨルカ島に出かけることは無意識にずっと避けたままで、いま死の床に横たわりて、目を閉じた彼女が最期に見た景色は、ハビエル・バルデムのなだらかな背筋と、マヨルカ島のやさしい海岸線、そのふたつの曲線の奇妙な相似であったかもしれない。
「パパ、スペインって、いいところだね」と息子がまた同じことを言った。
「いいところだったね。また、行きたいね」と私はまた同じことを答えた。
でもその不平等を前にして、「ずるい」とか「是正せよ」とかいった気持ちは私にはない。むしろ、世の中に一箇所くらいそんな場所があってもいいじゃないかと思っている。そういう存在を救いとして、そこから遠く離れた環境で生きしのぐ人がいるかもしれないわけだから。
「ああ、マヨルカ島、よかったねえ。死ぬ前にもう一度、行きたかったねえ」と言って息をひきとるイギリス人のおばあちゃんがいたかもしれない。彼女は50年前にマヨルカ島でハビエル・バルデム似の青年と知り合って、沈みゆく夕陽とともに恋に落ちたかもしれない。自分たちをジョルジュ・サンドとフレデリック・ショパンの逃避行になぞらえて、その青春の傲慢さに気づかずにいられたかもしれない。裸になったハビエル・バルデムは意外にもくすぐったがり屋だったかもしれない。マヨルカ島の雲間から射す光に祝福されてはじまった同棲生活は、しかしハビエル・バルデムが人の話を全然聞かない性格だったり、お互いに日常の実務能力が著しく欠落していたこともあって、半年も経たずに終止符を打ったのかもしれない。そうしてグラスゴー近郊の退屈な田舎町に戻って、そのまま半世紀が過ぎて、ついには何を成し遂げることもなく、何を築き上げるでもなかった自らの孤独な人生を振り返って、あのマヨルカ島の儚い日々だけが総天然色の記憶として彼女の心を慰めたかもしれない。繰り返された追憶は、マヨルカ島の風景をいくぶん美化しすぎていて、だから本物のマヨルカ島に出かけることは無意識にずっと避けたままで、いま死の床に横たわりて、目を閉じた彼女が最期に見た景色は、ハビエル・バルデムのなだらかな背筋と、マヨルカ島のやさしい海岸線、そのふたつの曲線の奇妙な相似であったかもしれない。
「パパ、スペインって、いいところだね」と息子がまた同じことを言った。
「いいところだったね。また、行きたいね」と私はまた同じことを答えた。
コメント
この春、ウィーンに1歳児と共に訪れたいと思っているのですが、赤ちゃん連れにおすすめなスポットはありませんか。楽友会のモーツァルトコンサートには行ってみたいなと思っているのですが、他に思いつきません。二泊三日くらいを考えています。
好きなクリムトの作品の多くが日本に集結しているようで、ウィーンに行くのを迷っていましたが、過去の投稿で、ウィーンも子連れに優しいと知り、がぜん行く気になってきました。
さてご質問の件、今年の春は例年よりも温かいこともあって(コートはもう要りません)、すばらしいタイミングであると思います。乳児連れにも確かに優しいです。観光スポットのほとんどはベビーカー連れでOKです。シェーンブルン動物園とか、レオポルド美術館(クリムトも常設であります)とか、そのあたりはもうご両親の趣味全開で、お好きなところを巡られるとよいと思います。
お時間があるようでしたら、私の友人にウィーンの観光名所などについて寄稿いただいた以下の記事をご参照されるのもよいかもしれません。
https://wienandme.blogspot.com/2019/02/blog-post_23.html
ちなみに、レオポルド美術館の近くにあるジャングル・カフェ(下記URL参照)は、店内に子ども用の遊び場があったりして、地元民にも人気のスポットです。
https://www.dschungelwien.at/pages/dschungel-cafe
クリムトがお好きでしたら、クリムト専門(?)の土産物屋が旧市街の中心にあったりするので、こちらを冷やかすのも面白いかもしれません。
https://www.wien.info/ja/locations/klimt-megastore
それから、もし天気がよければ、Stadtparkの児童公園は、1歳でもたのしめる場所だと思います。この公園自体は、シュトラウス像などでもとより有名な観光スポットでもあります。
https://www.wien.info/en/locations/playground-stadtpark#
最後にひとつだけ留意事項を申し上げるとすれば、地下鉄もトラムもバスもベビーカー歓迎ではあるものの(駅の自販機で買える「1日乗車券」みたいなのを買えば市内共通で乗り放題です)、エレベーター/エスカレーターがしょっちゅう壊れてたり、旧式トラムに当たると車内の階段でベビーカーの持ち運びが大変だったりするので気をつけた方がよい、ということです。
春のウィーンを、ぜひ満喫ください・・・!
楽友協会のモーツァルトコンサート(観光客向けの料金なので、私はまだ一度も行ったことがありませんが...)、1歳児にはちょっと厳しいかもしれません。
・・・と、ここまで書いたところで、私の友人(2歳児持ち)から素晴らしいコメントを頂戴したので、以下にシェアさせてくださいませ!
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無料のコンサート&屋外コンサートなら途中で抜け出してもOKなのでよいかなと思ったのですが、今年のMQとシェーンブルンのコンサートは始まるのが遅いので、ちょっと赤ちゃん連れには厳しいですかね、、、、
<博物館>
シェーンブルン動物園、自然史博物館(恐竜、動物)、技術博物館(遊び場あり)、Haus de Meeres、市内交通博物館
<公園>
プラター(園内を回る蒸気機関車などあり)、ドナウパーク(園内を走る鉄道あり)、ヴェルヴェデーレ宮殿の庭園(宮殿内美術館にはクリムトあり)
<コンサート>
ペーター協会のパイプオルガンコンサート(通常毎日15時~、無料)
http://www.peterskirche.at/home/
<野外コンサート>
Wiener Symphoniker at MQ(5月31日、無料)
https://www.mqw.at/en/program/2019/wiener-symphoniker-at-mq/
Sommernachtskonzert der Wiener Philharmoniker(6月20日、無料)
https://www.sommernachtskonzert.at/index_en.html
義母の来訪やらでバタバタし、お礼が遅くなり失礼しました。
図々しい質問にも関わらず、詳しくご教示くださり感激しています。
ウィーンと言えばザッハトルテと芸術だ〜!と高まるばかりで、赤ちゃんを連れてどこで何をするかまでイメージができていなかったので、具体的に教えていただき助かりました。
楽友会のコンサートは、娘の就寝時間を考えると時間設定が厳しいなと感じていたので、日中の無料コンサートの類が良さそうですね!
2歳のお子さんがいらっしゃるご友人にも、宜しくお伝え下さい。
教えていただくばかりで心苦しいので、私も少しだけ…
サンセバスチャンは行かれたことはありますか。
先月初めて訪れたのですが、子連れにとっては素晴らしい場所でした。コンパクトな街なので、バルで食べて、散歩して公園に行って、また食べて…いつかのバケーション先の候補に入れてみてください!
お役に立てたのであれば幸いです。 イランのイスファハーンという町から返信いたします。
サンセバスチャンは久しく前から訪れたい候補のひとつです! グルメの町として、「町おこし」の成功モデルとして、高い評判をよく聞きます。また私はトレヴェニアンという小説家のファンなので、バスクという文脈でも惹かれる場所です。子連れにも優しい場所とは、これはよいことを伺いました。خداحافظ(それでは、また!)