ウィーンで家を探す

 海外赴任の準備として、まず大事なことは「家探し」だろう。雨露をしのぐ屋根と、温かい布団。この2つがあれば、明日への活路も拓けてくる。台所と手洗所があれば、さらによい。

 ところが、私は、この段階でいきなり躓いた。というのも、正式な赴任日が決まったのが、わずか2週間前だったからだ。

 「うーん、さすがに時間が足りません。赴任日を少し遅らせてもらえますか」と、お願いする選択肢だって、もちろんあった。

 しかし、時期は7月。バカンスに入る直前のタイミングだ(欧州では1ヶ月以上の夏季休暇を取ることは珍しくない)。ここで自ら手続き繰延べを申し出るのは、どことなく「見逃し三振 ⇒ ゲームセット」の流れを連想させるものがある。心中に暗雲が広がってゆくものがある。

 そうして私は、ゲームセットを免れるべく、イスタンブール経由のトルコ航空、合計19時間弱のフライトにて、妻子を連れて、あるいは妻子に連れられて、初夏のウィーンに到着したのであった。
(参考:オーストリア航空は、2018年5月15日に成田~ウィーンの直行便を再開予定)


ウィーンで見かけた白馬


 到着後の仮宿は、バークレーの時と同じく、Airbnbで探した。いま調べてみたら、交渉成立したのは宿泊の4日前。かなり危ない橋を渡っていたようだ。

 メッセージのログを見ると、「飛行機を降りました。そちらに向かいます。50分後に会えますか」と、家主に送信している。それも空港の無料WiFiを使って。なかなかにアドリブ感あふれる展開である。

 でも結論を言えば、この宿はとてもよかった。45平米の2LDK、それで1泊7,500円だ。ここに4人で住んでいたので、1人あたり1,875円ということになる(すぐに割り算をする貧乏性は、自分でも直したいと思っている)。

 国鉄ÖBBのTraisengasse駅から徒歩5分。中心部から少し離れているけれど、アクセスは悪くない。というか、そもそもウィーンは小さな街だし、交通網の成熟ぶりもめざましいので、ほとんど不便を感じないのだ。電車、バス、地下鉄、トラムが縦横無尽に張り巡らされていて、路線図マニアにはたまらない都市だろう。


ウィーン郊外の近代的な住宅


 とはいえ、仮宿は仮宿だ。なるべく早めに長住まいの家を探して、手続き(船便の受取りとか、銀行口座の開設とか)を進めなければならない。

 ウィーンで家探しをする方法は幾つかある。たとえば、オーストリア日本人会発行の「ウィーンに暮らす」では、①知人・前任者のツテを頼る、②日本人会会報「ウィーンの風」で探す、③「Der Standard」等の現地紙サイトで探す、④地元の不動産業者に依頼する、といった選択肢が紹介されている。また、国際機関には、新任者向けの物件紹介サービスだってある。

 でも結局私が選んだのは、ヴェラさんという仲介業者のサービスだ。手数料を余分に支払う代わりに、ドイツ語の契約書を読み解いたり、大家さんと交渉する手間を省いたわけである。インターネット黎明期を思わせる味わい深いウェブサイトから、私はヴェラさんに連絡した。

 よく晴れた夏の日に、ヴェラさんと私の家族は、およそ10件の家具つきアパートを内覧した。価格帯は月額1,500~2,700ユーロ程度。備え付けのピアノがあったり、庭にプールがあったり、キッチンが2つあったりと、分不相応にすばらしい物件ばかりだったが、最終的には、シュテファン大聖堂と国立オペラ座の中間地点あたりにある古屋敷に決めた。

 この物件を選んだ理由を一言で述べるなら、それは「私の今後の人生において、このような家に住む機会は、おそらく永遠に訪れないだろう」という気配が、最も濃厚に感じられたからである。

(2020年6月29日追記)
 ヴェラさんは親切な仲介業者であるが、他方でウィーン市内には英語の話せる不動産屋さんも少なくない。だから、あえて仲介をお願いせず、地元の不動産屋さんと直接交渉・契約したほうが、費用がずっと節約できたかもしれない(現にそうしている日本人もたくさんいる)、と私はいまになって思うのである。

 
馬車仕様のウィーン住宅の玄関
「馬車仕様」の玄関。馬のウンコを踏まないように、両脇を歩くのが作法らしい


約300年モノというアンティーク家具。子どものいる家にはリスクでしかない


とあるウィーンの住宅のベランダ
ウィーンの冬は氷点下の寒さなので、ベランダの使い道があまりない


 仮宿からの引越しには、Uberを使った。車種はフォード・トランジット。スーツケース4個分の荷物と(その大半は衣類とおむつだ)、成人2名と幼児2名を積載したバン車は、ウィーン中心部の古屋敷へ向かう。7kmを走って、24ユーロ。

 我々のウィーン暮らしは、そのようにしてはじまったのである。
 

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