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でもウィーンにいるなら、クラシック音楽をやはり聴きたい

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ウィーンに旅行する人にも、出張で来る人にも、 ウィーン楽友協会(Musikverein) の公演に行くことを私はよくおすすめしている。  夏休みなどのシーズンオフを除けば、ほとんど毎日なにかしらのコンサートがある。夜の部はだいたい19時台か20時台にはじまるので、(世話の焼ける上司がいなければ)無理なく参加できるだろう。  楽友協会の 公式サイト では、ちゃんと日本語も選択できる。オンラインで購入して、渡航前にチケットを印刷すれば、あとは会場に足を運ぶだけだ。行列に並ぶ必要はないし、ダフ屋と取引をする必要もない。まことに便利な世の中である。 公式サイトの「3D座席表」は、視認性に優れたデザイン  体力に自信があれば10ユーロ程度の「立ち見席」。椅子に座りたければ20ユーロ程度の2階の端席、通称「貧民席」がおすすめだ。モーツァルトに扮装した輩から「観光客用チケット」を掴まされるよりはずっといい(註:ウィーンの路上にはそういう客引きがいるのです)。  クラシックはよく知らないとか、セレブに囲まれるのは恥ずかしいとか、そんな心配は無用である。私自身もクラシックには詳しくないし、コンサートの客層だって、(こう言っちゃなんだけど)そんなに立派な人ばかりでもない。まあこれは「貧民席」ばかりに座る私の観察者バイアスかもしれないけれど。 出張の夜に行くコンサートは心にしみる(※ 個人の感想です) そのような具合に、私はウィーンへの出張者たちに熱心に説いている。というのは、ほかならぬ私が日本にいたとき、出張の夜にあちこち出かけていたからだ。  たとえば、シンガポール出張では エスプラネード・ホール で シンガポール交響楽団 のご機嫌なベートーヴェン交響曲第2番を、カナダ出張ではグレン・グールドの出身校として知られる トロント王立音楽院 で ステファノ・ボラーニ・トリオ の熱いモダンジャズをたのしんだ。  仕事での出張という、ほとんど他律的な要素で占められるイベントのなかで、わずかに残された自律的な時間枠をコンサートに充てる。そうすると、通常時とは違ったアングルで音楽が心にしみてくるし、そのときたまたま巡りあわせた演奏という「一期一会」のドライブ感も際立ってくる。事実、上に挙げた2件は、いまでも血の通った記憶として私の内に残っている。 ...

ウィーンにいても、クラシック音楽ばかり聴くわけではない

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ウィーンはよく「音楽の都」と称される。しかしその「音楽」とは、多くの場合、クラシック音楽のことである。ある種の暗黙の前提として。   たとえば、 Radiohead とか、 Zedd とか、 Squarepusher とか、 Gorillaz とか、 Kettel とか、そういうのはあまりウィーンに似合う音楽とは言えないだろう。  けれども私は、そうした音楽をわりに好んで聴いている。これはあくまで私の個人的な感覚だが、古風なウィーンの街並みに、クラシック音楽はあまりにマッチしすぎる。それが私には少しばかり気恥ずかしいのだ。  最近は、Amazon Prime MusicやiTunesなどで、妙に日本のアーティストばかり選んでいる。 大橋トリオ とか、 Kaito(a.k.a. Hiroshi Watanabe) とか、 jizue とか、 Suchmos とか、 ゲスの極み乙女。 とか、 米津玄師 とか、 tofubeats とか、 宮内優里 とか、 fox capture plan とか。  こうして並べてみると、本当に日本人ばかりだ。ウィーンで邦楽が流れることは滅多にないので、こういうところで帳尻を合わせているのかもしれない。(ヴォティーフ教会そばのレストラン「 Das Kolin 」で Uyama Hiroto の「 freedom of the son 」をまるごとかけていて、それはもう喜びに震えたものだが、ここ1年ではほぼそれだけだ)  これまでジャンルを問わずいろいろな音楽を聴いてきた。でも直近15年くらいを見渡して、ほとんど変わらぬ熱量をもって聴き続けてきたのは、 ZAZEN BOYS と Small Circle of Friends の2組だけだ。新譜が出れば、必ず買う。かける曲に迷ったら、とりあえずビール、みたいな感覚で、とりあえず聴く。私にとって彼らはそのような存在だ。  ZAZEN BOYS の化け物じみた演奏力、孤峰のような楽曲のオリジナリティは、いつなんどきに聴いても私の魂にキックする。荒ぶるリリックも、年を経て印象は変われど色あせない。なかなか新作が出ないのが困りものだが、 向井秀徳アコースティック&エレクトリック の名義でもいいからアルバムを出してほしい。頼むから。できることならなんでもするから。 ...

「電子国家」を見るつもりが、竹馬に乗っていた(タリン)

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エストニアに行ったのは、巷で話題の「電子国家」をこの目で見るためだ。 Estonia is probably the only country in the world where 99% of the public services are available online 24/7.  (エストニアは、行政サービスの99%を常時オンラインで提供している、おそらく世界で唯一の国家です。) E-services are only impossible for marriages, divorces and real-estate transactions – you still have to get out of the house for those. (エストニアで電子手続きができないのは――つまり、あなたが外出しなければならない手続きは――結婚・離婚・不動産取引だけです。) 引用:エストニア政府 "e-governance"  これが、政府の公式な説明文である。   「未来がいま、ここにある」 感があふれているではないか。 将来的には離婚手続きも電子化されることだろう 「エストニアはシンガポールだ」 エストニアはまた、有力なITベンチャー企業(アメリカ西海岸風に言うと スタートアップ )がいくつも生まれていることでも知られている。  ビデオチャットの Skype は、エストニアで起業してから急成長した会社である。  手数料の異様に安い海外送金サービス TransferWise も、エストニアの企業だ。  ブロックチェーンを使った証券取引所 Funderbeam も、やはりエストニア発。 TransferWiseのサービスは、59ヵ国・504種類の通貨に対応( 同社サイトより引用 )  エストニアの人口は、約130万人( 2018年1月現在 )。  これは、 埼玉県さいたま市 の人口とほぼ同じ規模だ。  世界を席巻するIT企業が、 さいたまスーパーアリーナ のあたりで次々に誕生している。  たとえるなら、そういう状況になっているわけだ。    そんなエストニアに興味を持って、いくつかの関連書籍を読み漁った。  そこで気づいた...

ザ・ベスト・オブ・子連れに優しい街である(ヘルシンキ)

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フィンランド滞在中は、移動にお金がかからなかった。  空港から 電車 に乗って、  市内では トラム(路面電車) に乗って、  郊外の森まで バス で行って、  近くの島まで フェリー で行った。  だが、私は金銭を払わなかった。  1円も。1ユーロも。  これはどういうことか。  電車やバスの外壁にしがみついて、不正乗車をしたのか。  フィンランド国王のコネを使って、王族待遇だったのか。  そうではない。  (そもそもフィンランドは王制国家ではない)  私がお金を払わなかった理由。  それは、ベビーカーを携えていたからだ。  そう、ヘルシンキでは、ベビーカー連れの親子は、 公共交通機関の運賃が無料 なのである。   フェリーのチケット売場。 「ベビーカー+おとな=0ユーロ」 とある 中国の銀行員がぐいぐいきた この話に興味を示したのが、1泊14,900円のアパートホテル 「Forenom Apartments」 のサウナ(フィンランドにはどこでもサウナがあるという話は本当だった)で知り合ったCさんだ。  彼は北京出身の銀行員で、ヘルシンキで開かれる「世界銀行会議」みたいなものに参加しているとのことだった。  2018年の夏は、世界各地で焼けつくような猛暑で、だけど8月のヘルシンキは涼しくて最高だよね、みたいな雑談をした。これにつなげて、例の「ベビーカーがあれば運賃無料」の件に私が触れると、Cさんはたちまち食いついてきた。  「僕もベビーカーを持っている。だから僕も無料ってことか」  「Cさんは出張で来ていると伺いましたが、ベビーカーはありますか」  「いや、ベビーカーは北京にあるんだ。それでは駄目かな」  「担当の係員に問い合わせされてはいかがか」と、私は明言を避けた。  フィンランドもすごいが、中国の銀行員もすごかった。 VR(フィンランド鉄道)のロゴが、日本の「JR」になぜか似ている 子連れでも行き先に困らない ヘルシンキには1週間ほど滞在した。日帰りでタリンに行ったのを除けば、実質6日である。  下調べもせず、ほぼ無計画で到着したのだが、私も息子たちも、まったく退屈しなかった...