コロナ逡巡日記⑩ (4月27日~5月3日):一般外出が許可される

(本稿は、コロナ逡巡日記⑨の続きです)





4月27日(月)

 27日(月)15時現在,新たにオーストリア国内で64名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例及び7名の死亡事例が報告されました(累計確定症例数は15,239名(内死亡数:549名,治癒数:12,362名))。

(中略)

 ウィーン空港公団は,4月27日から空港ターミナル内でのマスクの着用を義務付けました。また,チェックインカウンター,インフォメーションセンター等にはアクリルガラスの仕切りが設けられ,列を作るためのフロアー部分には人と人との距離を示すシールが張られます。なお,送迎バスも車内で人と人との距離を保つために乗車人数が制限されます。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:4月27日」


 「Satoruさん、5分後にZoomで飲みませんか?」と日本から誘われる。
 「ありがとう。でもウィーン時間は平日の昼間なのです」とお断りする。

 ずいぶんいきなりだな、と思う一方で、「5分後に飲みに行こう」みたいな誘いかた自体はコロナ以前にも普通にあったよな、とも考える。リモート飲み会だから奇異に感じただけだ。

 アメリカ人でも日本人でもロシア人でも、そういうカジュアルさが好まれる文化はたしかにある、と私は認識している。問題は時差という不可触な存在だけだ。




 Kindle Unlimitedの会員登録を誤クリックしたので、1ヶ月だけ続けることにする。

 正直なところ、私はKindle Unlimitedに月額980円の価値を見出していない(年額7,800円のAmazon Music Unlimitedには加入していて、こちらには絶大な満足感を得ている)。

 無料体験の権利はとうに使用済みで、カスタマーサポートに頼めばキャンセルできることも知っている。その前提で、1-2年に1回ほどの頻度で「新規登録」して、1ヶ月後の退会までに対象書籍をざあっと読むのがここ数年の習慣である。だからあえて今回の誤クリックをよしとしたのだ。

 最近寝る前に読んでいるのは、これもUnlimited対象であるヴィトゲンシュタインの「論理哲学論考」。なにしろ切れ味の鋭い短文でかちっと構成されているのだが、その意味がすぐには消化できないので、「読む睡眠導入剤」としては比類なき効果があるのだ。


2.1
 私たちは事実の像をつくる。

2.11
 像は、論理空間の状況をあらわしている。事態が現実になっていることを、そして事態が現実になっていないことを、あらわしている。

2.12
 像は、現実の模型である。

2.13
 対象に対応しているものは、像では像のエレメントである。

2.131
 像のエレメントが、像では対象の代理をしている。

2.14
 像が像であるのは、像のエレメントたちが特定のやり方で関係しあっているからである。

2.141
 像も事実である。



「うーん、なるほど、事実の像は、私がつくるものなのか。そして、像は現実の模型だから、つまり、像のエレメントは、像における像の、うーんと…」

 あっという間に、眠りの世界が訪れる。


4月28日(火)

 28日(火)15時現在,新たにオーストリア国内で47名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例及び20名の死亡事例が報告されました(累計確定症例数は15,286名(内死亡数:569名,治癒数:12,580名))。

(中略)

 28日,アンショーバー保健相,ネーハマー内相,ケスティンガー観光相及びシュランベック経済相は共同で記者会見を開き,外出規制の緩和等,新型コロナウイルスに係る更なる規制緩和について発表を行いました。発表内容の概要は以下のとおりです。

(1)アンショーバー保健相は,これまでの感染抑止策によりここ一週間の新規感染者数が二桁にとどまっており,ウイルスの基本再生産数等の数値も良好であるため,規制緩和の継続が可能であるとして,3月16日から継続し30日まで予定されている外出規制措置を延長せず,より緩やかな規制に移行する旨発表しました。現在の規制は30日24時に終了し,5月1日からは,同居人以外の者との1メートルの距離を確保すれば外出が可能となります。また,新たな規制は6月末までの期間実施されます。なお,マスクの着用義務のさらなる拡大は予定されていませんが,屋内の観光施設等では着用が求められることになる見込みです。

(2)ネーハマー内相は,同期間では10人までの集会が可能となり,葬儀の場合には30人までの参加が可能となる旨発表しました(当館注:これまでは近親の家族のみで許可されていました)。

(3)ケスティンガー観光相は,宿泊施設は5月29日から再開が可能となる旨,観光施設やプール等の余暇施設も同様に同月29日に再開が許可(ただし,他人との1メートルの確保が条件),また野外動物園は同月15日に再開が許可される旨発表しました。

(4)同観光相によれば,レストランは5月15日に営業を再開できるとのことです。ただし,1テーブルにつき大人4名(子供の同伴可)までの人数制限が課せられます。さらに,混雑を避けるため,客は事前に座席を予約する必要があります。他人との1メートルの確保はレストランにおいても適用されますが,同席者には適用されません。接客する従業員はマスクを着用する必要があります。
 なお,レストランの営業可能時間は6時から23時までとなります。

(5)シュランベック経済相は,営業を再開した店舗において客1人につき20平米の空間を確保するよう定める規則について,5月1日からは客1人につき10平米に緩和する旨発表しました。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:4月28日」


 5月1日から外出が可能になるという。「真に必要な場合のみ」の諸条件がほどけて、本来の意味で自由に外を歩けるようになる。どの方向から眺めても、これはわかりやすい朗報だ。




 他方で、子どもたちはすっかり室内遊びのバリエーションを多様化させている。

 回転寿司屋に殺到するお客さんの群れをさばく店員さんごっこ。交通渋滞の解消につとめる警察官ごっこ。架空の路線図の子細な設定を掘り下げるごっこ。架空の学校の素行不良な生徒たちを指導するごっこ。兄弟のそれぞれが統治する二国間の来たるべき戦争に勝利するため、北の大国から軍事支援を得ようとバンドワゴニング的な画策を試みる外交交渉ごっこ。

 兄弟どうしで仲良く遊んでいるのは結構なことだが、良くも悪くも外出するインセンティブが減衰している。上の息子はPE(体育)のリモート授業があるが、下の息子は運動する機会が限られる。来月から幼稚園に行かせるべきか否か、何十回目かの家庭内審議が行われる。




 夕方になって、大家さんから突然「今晩中に不動産屋がそちらに行く」との連絡がある。次の借主を募集するにあたって、改めての下見という。

 急に取り決められたアポだったが、結局は予定より1時間ほども遅れて(いかにもオーストリア人らしい)、マスク着用の不動産屋さんが到着した。すらっとして姿勢の良いおじさん。「いい部屋だね」と言われ、「いい部屋でした」と答える。

 少なからぬトラブルに見舞われたが、まあ振り返ってみればいい部屋だったな。


4月29日(水)

 29日(水)15時現在,新たにオーストリア国内で66名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例及び11名の死亡事例が報告されました(累計確定症例数は15,352名(内死亡数:580名,治癒数:12,779名))。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:4月29日」


 ポストに封筒が届いている。「4月7日に息子(と私)が紛失したリュックサックが見つかったので連絡ありたい」との由。なんという幸運! 遺失物管理サイトに登録しておいて本当によかった。

 ドイツ語のできる奥さんに電話してもらう。「リュックのなかに子どもの学生証が入っているが、これを受け取るには、まず小学校から紛失証明書を出してもらうことが必要」らしい。小学校はまだオープンしていない。

 希望の光が射し込むなか、ふたたび暗雲がたちこめてきた感がある。でもまあ、それこそが現実世界のバランスだ。いまは手にした幸運を寿ごう。





 YouTubeにて無料開放されていた「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」を観る。じつに十数年ぶりの視聴である。

 しかし、子どもたちが乱入してきたあげく、最初の使徒の登場シーンで4歳児が泣き出して強制終了。まあ怖いよね。リビングのテレビで観たのが失敗だった。

 翻って6歳児は、第3新東京市のビル群や、ネルフ本部のエスカレーターなどに心を惹かれたようである。目のつけどころが男の子であるなあ、と思う。





 寝る前に、藤沢周平の「春秋山伏記」を読む。江戸時代の山奥の村を舞台にした連作短篇。主人公のひとりが山伏なのだが、山伏といえばシャーマン。シャーマンといえば、いま書いているベナン旅行記において重要な位置を占める存在だ。そう思うと読書に熱が入った。

 藤沢周平は自然の描写が本当にうまい。読み手の懐にすっと入ってくる軽さで、余韻のある豊かなイメージが立ち上がってゆく。名人の至芸をみるようだ。


4月30日(木)

 30日(木)15時現在,新たにオーストリア国内で72名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例及び4名の死亡事例が報告されました(累計確定症例数は15,424名(内死亡数:584名,治癒数:12,907名))。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:4月30日」


 リモート会議で、ウェビナー(Webセミナー)の準備の打ち合わせなどをする。

 自宅から数百人のお客さんに講演をする。考えてみれば恐るべきことである。

 私は思うのだが、参加者のリアルな反応(肯いたり、笑ったり)が知覚できないと、長丁場の話を持たせるのは難しい。そこには自分を鼓舞させるための新たなしかけが求められるのではないか。

 そういえば、昨年秋にオンライン講演をしたことがあった。約20ヵ国から生徒を集めてモスクワで行われたトレーニング・コース。あれはたしか、ロシア側の講演者が直前キャンセルになって、やむなく私がウィーンの執務室からオンライン講演をすることになったのだ(急な話なので出張もできなかった)。

 講演自体はつつがなく終えたが、ひとつ難儀したのは、Webカメラでフォーカスされていたのが最前列の生徒1名で、そいつがスマホを触りながら聴講していたことだ。パソコンの画面いっぱいに映されたスマホいじりのお兄ちゃんを見つめながら話をしなければならないわけで、どうにも気が散ってならなかった。

 「ところでそのスマホには何が表示されているんだ?」と、いきなり語りかけてもよかったかもしれない。「そのセミヌードの女性の画像を、皆に共有してもらえるかい?」と。
 



 デイリーポータルZ向けのベナン旅行記の仕込みとして、ブードゥー教の先行記事を調べたり、ヨルバ族の宗教儀式エグングンに関するナイジェリアの大学の論文を読んだり、ノースカロライナ美術館に画像の使用許諾を申請したりする。

 あの世界に没入するため、シャーマン(呪術師)の家に生まれたヨルバランド出身の歌姫・アサビオジェ・アフェナパ(Asabioje Afenapa)の傑作アルバム「イゼゼ・ラグバ」を聴く。ぐんぐんに気持ちが高まってくる。

 原稿は1文字も進まなかった。


シャーマン(呪術師)の家に生まれたヨルバランド出身の歌姫・アサビオジェ・アフェナパ(Asabioje Afenapa)の傑作アルバム、それはイゼゼラグバ(Isese L'agba)


5月1日(金)

 1日(金)15時現在,新たにオーストリア国内で46名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例及び5名の死亡事例が報告されました(累計確定症例数は15,470名(内死亡数:589名,治癒数:13,092名))。

(中略)

 1日からの外出規制等の緩和に関する保健省令が公表されました。同省令は6月30日まで適用され,その概要は以下のとおりです。

公共の場所における同居人以外の者との1メートルの保持義務,特に屋内の公共の場所のマスク着用義務(電車等の大量輸送機関含む)。

・(店舗等の)事業所の立入は1人あたり10平米以上を確保,1メートルの保持及びマスク着用義務(不可能の場合は代替策を講じる)。

・職場における1メートルの保持義務(不可能の場合は代替策を講じる)。マスク着用義務は労使の合意により可能。

・家族以外の者との自動車同乗はマスク着用,一列あたり2人まで着席可(タクシー等含む)。

・保健・社会分野での職業訓練,高校卒業試験・職業訓練修了(資格取得)試験,自動車教習,治安警察養成のための施設の立ち入り許可。1メートル保持及びマスク着用義務(不可の場合は代替策)。大学及びその他学校については別途規制。

・飲食店(テイクアウト営業を除く),ホテルの旅行客向けの営業禁止(当館注:政府により発表された5月15日以降の規制緩和のために今後省令改正が行われると思われます)。

・スポーツ場の利用は原則禁止。プロ選手(国際的に活躍する選手及びサッカー1部リーグ選手)・トレーナー等による非公共のスポーツ場の利用を許可。また,公共の場でない野外スポーツ場における,性質上他人との2メートルの距離が確保できるスポーツに限り一般利用を許可。

・引き続き,博物館・展覧会,図書館,余暇・遊興施設(テーマパーク,プール,動物園,劇場、コンサート場、映画館等)の立ち入りを禁止。

・行事は10名(葬儀は30名)までに制限(プライベートの住居での催し,集会法上の集会(デモ活動),職業上やむを得ない集会は適用外)。他人との1メートルの保持義務。室内の場合は加えてマスク着用及び1名につき10平米の確保義務が発生(当館注:「行事」には文化行事,結婚式,会議等が含まれます)。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:5月1日」


 今日から外出規制が緩和されたので散歩をしたくなったが、子どもたちは乗り気ではない。すっかり家にいることに慣れてしまったのだ。

 まあ、上の子は宿題もあるし(あいかわらず精力的に配信されてくる)、私も仕事があるので、無理に外出しなくても良いかな、という気になる。コロナの影響で、我が家のマインドはすべからく室内に傾いている。





 4月9日の「コロナ逡巡日記」に対して、「息子さんにMini Metro(ゲーム)をおすすめしたい」というコメントを頂戴していることに気づく。

 寡聞にして知らないゲームだが、検索したらニュージーランドの製作会社による紹介サイトが出てきて、なんだかおもしろそうである。

 YouTubeにアップされた攻略動画も、英語、中国語、ドイツ語、ロシア語と多岐にわたる。全世界で愛されているようだ。


 


 とくに期待もせず購入してみて、そこから瞬時にハマってしまった。6歳児だけではなく、私も、奥さんまでも。

 路線図をつくって各駅の渋滞を回避するという、言ってみればそれだけのシンプルなゲームなのだが、これが憎らしいほど奥深いのだ。




 実を言うと、この原稿を書いている現在(5月28日)にも、Mini Metroへの情熱はいささかも衰えず、家族で奪い合うようにして遊んでいる。ランキングで上位5%に入ったが、まだまだ登山口に立ったばかりだ。


深夜に「うおおお!」と声が出てしまう


5月2日(土)

 2日(土)15時現在,新たにオーストリア国内で38名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例及び7名の死亡事例が報告されました(累計確定症例数は15,508名(内死亡数:596名,治癒数:13,180名))。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:5月2日」


 週末になって、家族でReumannplatzのあたりを散歩する。




 よく晴れた日で、たくさんの人たちが笑顔で歩いている。

 「雑踏」というものを見るのが久しぶりで、なんだかちょっと目まいがする。


約1メートル間隔で行列ができている


 雑貨店Müllerで、子どもにおもちゃを買ってあげる(2両編成の路面電車)。




 店内にはソーシャルディスタンスの貼り紙がある。「そういえばデイリーポータルZで編集部の石川さんがこのマークを募集していたな」と思い出して撮影する。

 新しい社会通念が形づくられる、その過渡期のデザインの変遷を記録しておく。そう表現するとなんだか高尚にすぎるのだけれど。




 このあたりは中東の人たちが多く住むエリアでもある。肉や野菜の市場(Markt)も再開して、その色彩に復活の喜びが印象づけられる。


1メートルの間隔はあまり守られていなかった



5月3日(日)

 3日(日)15時現在,新たにオーストリア国内で19名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例及び2名の死亡事例が報告されました(累計確定症例数は15,527名(内死亡数:598名,治癒数:13,228名))。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:5月3日」


 この日はずっとMini Metroをプレイして過ごす。


息子がMini Metroのスコア表をつくりはじめた


 いまから数年後、旅行のスタイルはどうなるのだろうか、とふと考える。コロナの影響は、どのくらい根源的なものなのだろうか。

 「そんなに変わらないんじゃないか」というのが、私の凡庸な結論である。

 LCCがいくつか倒産して、格安チケットの底値が上がるかもしれない。飛行機内でのマスク着用が義務付けになるかもしれない。出入国審査の時間が長くなるかもしれない。衛生管理の行き届いた高級ホテル&ビジネスクラスのパッケージ・ツアーと、安宿&乗合バスの互い違いで国境を越えるような貧乏旅行との格差が、コロナ前よりも拡大するかもしれない。

 でも結局はその程度の変化で、あとはコロナ以前とおおむね同じではないか、と私は思う。希望的観測が混じってはいないかと問われれば、そうかもしれませんとは答えよう。

 そして私の関心は、より個人的なイシューに向かってゆく。

 子どもたちと一緒に旅行をするという意味では、私の人生の最良の時期はすでに終わった。それでは残りの人生で、あと何回くらい旅をすることができるのだろうか。あと何回くらい、知らない土地を知れるだろうか。行きたい場所に行けるだろうか。

 それは未来に関することであり、私の寿命に関することでもある。不確実性に満ちており、2020年5月現在、明らかなことはひとつもない。だから私には何も語ることができない。



7
 語ることができないことについては、沈黙するしかない






コロナ逡巡日記⑪に続く)


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