車は大破したが、この国にはまた来たい(アイスランド)

偏った視座に定評のある私の観察によれば、アイスランドは、ヨーロッパに住む日本人たちが最も高い評価を与えている旅行先である。

 「ヨーロッパをあちこち旅行するのはたのしいんですけどね、だんだん飽きてくるんです」

 そう告白したのは、数年前までドイツの公的機関に所属していたSさんだった。


アイスランド・レイキャビクの風景

明白なオリジナリティがそこにある

「立派な教会。立派な河川。立派な大通り。立派な博物館。もちろん国ごとに微妙なグラデーションはあるんだけど、結局は似たような美意識の繰り返しじゃねえか、って正直思っちゃうんですよね」と、彼は危ないことを言う。

 Sさんのおすすめは、やはりアイスランドであった。

 「でもね、アイスランド。これはもう別格でした。ヨーロッパの他の国とは、文化も自然も言語も違うし、北欧というカテゴリからもなんだか逸脱している。どこか孤高というのかな、明白なオリジナリティがあるんです。うーん、伝わらないかな? これはやはり、Satoruさんが実際に足を運ぶしかないでしょう」

 そんな風に言われてしまっては、私の取るべきアクションはひとつしかない。

 オフシーズンの1月。我が家はアイスランド航空に搭乗したのであった。


アイスランドの観光客の推移(1990-2017)
観光客の数は、Eyjafjallajokullが噴火した2010年から指数関数的に増えている
(引用:GAMMA「Tourism in Iceland: Investing in Iceland’s growth engine」 p.11)


この物価の高さでは仕方がない

アイスランドを訪れた人びとが、示し合わせたかのように言うセリフがある。「物価が高い」というものだ。

 そして私もつぶやく。
 「うわっ、こりゃ高いわ」

 スーパーマーケットに行けば、いちごのパックに900ISK(アイスランド・クローナ)の値札がついている。900ISKといえば、約840円。脇腹にじんわり痛みが走るような価格である。

 ケロッグ・コーンフレークは、500ISK。
 息子の好きなオレオのお菓子は、400ISK。

 脇腹の痛みは、いよいよ鋭さを増してくる。

 「私たちは毎日カップラーメンを食べてました」と言ったのは、新婚ほやほやのNさん夫妻であった。ときめきに満ちた旅行となるはずが、ここにきて、まさかの毎食カップラーメン。とはいえ、この物価では仕方がない。ちなみにカップ麺は100ISK、袋麺は40ISKだった。


アイスランド名物の干しダラ
アイスランド名物の干し鱈。ものすごくウマいが、ものすごく高い

地元系スーパーBONUS。豚のキャラの目つきがジャンプ放送局の「えのん」に似てる


ビールは2.25%から

このように物価の高い国で、なんとかして攻略法を見つけ出す。これが、やや変質的な私の旅のたのしみ方である。

 打つ手は、ある。

 まず、賢明なる私の奥さんは、ウィーンからパスタの乾麺を持参してきた。

 我々が宿泊したPlanet Apartmentsには調理器具などが一式揃っていたので、あとはパスタソースやらフィッシュケーキやらを調達して、わりに恵まれた食生活を満喫できた。

(ちなみにこのアパートホテルは、レイキャビクの中心にあって、地下駐車場つきで、スマートTVでYouTubeが見られて、しかもシャワーから温泉が出てきて(!)1泊あたり1万9千円。個人的には大満足であった。)


このフィッシュケーキにはお世話になった


 それからビールもやたらに高い。1瓶1ユーロのウィーンと比べてはいけないのだろうが、



エー、これは、実になんと申しましょうか、



高い酒税で悪名高い、我が国に迫るほどに高いのだ。いま「高い」という言葉を3回使った。

 でもスーパーの値段はまだマシなほうで、レストランに行くと平気で1,000ISKくらいする。こうなるとちょっと注文する気がしない。飲んでも正しく酔える気がしない。

 これは、国民がアルコール中毒になるのを防ぐための政府の取り組みであるらしい。実際、アイスランドでは1989年までビールの販売が禁止されていた。

 それはいささかストイックすぎるのではあるまいか、と部外者たる私はつい思ってしまう。けれども、ときに日照3時間を割る冬場のアイスランドで鬱々とビールを摂取するのと、陽光に恵まれたマヨルカ島でじゃんじゃん飲みまくるのとでは、精神に及ぼす影響にもしかるべき違いが出てくるはずだ。アイスランド政府の方針は妥当なのかもしれない。

 ところが、世の中にはやはり抜け道のようなものがあって、




アルコール分が2.25%という、酒税法のストライクゾーンぎりぎりを攻めた商品が、陳列棚の一角に頼もしく鎮座していたのだ。値段は500mlで98ISK。日本の発泡酒よりも安い。

 これを見つけたとき(滞在4日目であった)、思わず「うおおお」と声をあげてしまった。私が最後に「うおおお」と声をあげて喜んだのは、大学の物理学科を5年で卒業できることが決まった(すでに1回留年していた)ときだから、実に14年ぶりの「うおおお」であった。

 聞くところによると、「禁ビール法」時代のアイスランドの人びとは、この2.25%の飲料にウォッカなどを注いで、密室でこそこそ飲んでいたらしい。どこか日本のホッピーを思わせる好エピソードである。


お花はビールよりもさらに高い


ペニス博物館でペニスを鑑賞する

アイスランドの首都・レイキャビクには、大小さまざまの博物館が点在している。

 そのなかで、私が期待値を最も高めて訪れたのは、ペニス博物館(Icelandic Phallological Museum)であった。


ペニス博物館(Icelandic Phallological Museum)に期待が寄せられる
「えっ? おちんちん博物館?」 爆笑する5歳の息子


 ペニス博物館とは、ペニスを学問的に追求するペニス学(Phallology)の見地から、ペニスに著しい関心を寄せるアイスランドの教師(ペニス保有者)が、その生涯を通じてさまざまなペニスを集め歩き、ときに世間の無理解・批判・ペニス的突き上げに晒されつつも、ついには人間のペニスの標本化にも成功し、ペニスを持つ者と持たざる者に関わらず、世界中のペニス愛好家に向けて各種ペニスを公開陳列しているという、ペニス系施設としては世界最大規模の私設博物館のことである。


ペニス博物館(Icelandic Phallological Museum)のクジラのペニス
クジラのペニス。私の息子(文字どおりの意味です)よりも大きい

アイスランド・ペニス博物館(Icelandic Phallological Museum)
アイスランド語で読めないが、「大変なことになってしまった」ことは理解できる

アイスランド・ペニス博物館(Icelandic Phallological Museum)のアート風「かごの中のペニス」
駕籠のなかのペニス。いつか大空をはばたく日が来るのだろうか

アイスランド・ペニス博物館(Icelandic Phallological Museum)にあった人間のペニス標本
人間のペニス。「おまえも頑張ってきたんだな」と声をかけたくなる

アイスランド・ペニス博物館(Icelandic Phallological Museum)にあったペニスの形をしたトイレのドアノブ
やさしく握りしめたくなるトイレのドアノブ

アイスランド・ペニス博物館(Icelandic Phallological Museum)の土産物コーナーにあったペニスの栓抜き
この栓抜きを購入した。1,500ISKだった


 さほど広くない館内は、存在の「圧」を放つ標本群と、静かな熱を帯びた男女半々の訪問者たちに支えられていた。しかし、子どもたちの関心を長く持続させるには至らず、めいめいのペニスと無言の対話を重ねる時間は私には与えられなかった。

 ペニス博物館館長殿。私はここに、ペニスのすべり台、ペニスのジャングルジム、ペニスのプラレール(ペニレール)、睾丸のボールプール、といったペニス遊具の設置にかかる要望書を提出申し上げたい。


アイスランドの体験型施設ペルトラン(Perlan)
子どもたちが最も喜んだのは、温水貯蔵タンクに囲まれた体験型施設ペルトラン(Perlan)

アイスランド・レイキャビク郊外にある体験型施設ペルトラン(Perlan)にある人工氷河
館内には氷の洞窟もある。ハードな現地ツアーに参加できない幼児連れにはありがたい

アイスランド・レイキャビクにある海洋博物館(Maritime Museum)のフォークリフトのシミュレーター
海洋博物館(Maritime Museum)にはフォークリフトのシミュレーターも

アイスランド・レイキャビクの移住博物館(Settlement Exhibition)
移住博物館(Settlement Exhibition)でヴァイキングの生活を疑似体験

アイスランドの動物園
冬の動物園は訪問者がほぼ皆無だったが、その寂しい感じが逆によかった

アイスランドの動物園にいたホッキョクギツネ
氷点下70度にも耐えるホッキョクギツネ。飼育員は普通のドッグフードをあげていた

アイスランドの独自性を象徴するようなハットルグリムス教会(Hallgrímskirkja)


爽快ではあるが、恐怖でもある

ここまでレイキャビクのことを中心に書いてきた。でもアイスランド観光の醍醐味といえば、これはどうしたって比類なき大自然である。

 そしてアイスランドはかなり大きな国なので(東京都の47倍の広さ)、ツアーに参加しない限りは、レンタカーが常套の移動手段ということになる。

 そういうわけで私は、空港近くのReykjavik Rent A Carでスノータイヤを履いたヒュンダイ i30を借りて(4WDはあまりに高くてやめた)、どきどきしながら真っ白な道路をひた走ってゆくのであった。


アイスランドの道路状況お知らせサイト・Safetravel.is
路面状況は刻々と変わる。専用サイトSafetravel.isで逐次確認するとよい

アイスランドの道路
こういう道路を延々と走ってゆく

アイスランド・シンクヴェトリル国立公園
シンクヴェトリル国立公園。ユーラシア&北米プレートの境界が地上に露出している

アイスランドの観光名所、数分おきに勢いよく温泉が噴き出るゲイシール間欠泉
数分おきに温泉が噴き出るゲイシール間欠泉。子どもにも大ウケだった


 銀白の路面をドライブしてゆくのは、爽快ではあるが、恐怖でもある。爽快と恐怖の割合は概ね「4:6」くらいだ。急に吹雪になって視界不良になると「3:7」から「1:9」くらいの振れ幅を取る。

 我々が訪れた週は、どういうわけか降雪量が異常に多いタイミングであったらしく(我々はなぜかそういう目によく遭う)、ワイパーを最強にしてもフロントガラスが凍ってしまって、前方がほとんど見えなくなるときがある。こうなるともう「0:10」である。

 小学生の頃、スーパーファミコンの画面を段ボールで隠して、あえて難易度を高めるという変態プレイをたのしんでいたが、あのときの感覚をふいに思い出した。

 しかしこちらはテレビゲームではなく現実なので、ミスをすると「死」という端的な結果が待っている。死は誰にも平等にやってくるが、アイスランドの路上の死はできれば避けたい。私は下腹部に力を込め、死を振り払うために集中を高めた。

 
アイスランドの真っ白な雪


 死を振り払うために集中を高めた私は、目の端にしばしば受難の車の姿を捉えた。

 路側帯を越えて斜面から落ちたのか、雪にはまって前進も後退も不能になった車があった。世界ラリー選手権の事故映像みたいにひっくり返って、犬でいうところの「降伏のポーズ」を取っている車もあった。

 そういうのが少なくとも10台以上はあって、「明日は我が身だ」と思いつつ身を引き締めて走っていった。

 そうして眼前に現れたカーブを曲がろうとして、

 いきなり

 ハンドルが取れなくなっ

 て


アイスランドで交通事故を起こしてしまったヒュンダイ i30


 そのままガードレールに正面から突っ込んだ。


アイスランドで交通事故を起こしてしまったヒュンダイ i30


 ヒュンダイ i30のフロント部はほぼ全壊し、その哀れな内臓をアイスランドの吹雪にさらすことになった。


アイスランド警察は1時間足らずで現れた

ここで、私の幸運は2点に集約される。

 1点目は、事故を起こした場所には(アイスランドの道路にしては珍しく)分離帯にガードレールがあったので、反対車線に飛び出さずに済んだことである。対向車と衝突していたら、事態はより深刻であっただろう。

 2点目は、ガードレールに正面からぶつかったおかげで、後部座席の奥さんと子どもたちにそれほど衝撃が伝わらなかったことである。子どもたちなどは事故に気づかず、iPadでオセロゲームを続けていたほどだ。

 ヒュンダイ i30がクラッシュした30秒後、通りがかりのアイスランド人が停車して、すぐにアイスランド警察に電話をしてくれた。後続の人たちも、「大丈夫?」「なにか手伝うことはある?」と気遣ってくれた。雪中の人びとは親切だった。

 その3分後くらいにパワフルな除雪車がやってきて、道路に積もった雪の山をがしがし削り取っていった。「おまえ、もうちょっと早く来いよな!」と思わないでもなかったが、事故を起こしたのは私の責任であり、除雪車の責任ではない。

 雲が晴れ、貴重な陽の光が降り注ぐ。
 青と白のコントラストが美しかった。


アイスランドの道路


 アイスランド警察は、1時間足らずで到着した。

 レイキャビクから事故地点までの距離を考えると、これは驚くべき早さである。

 女性警官の2人組に免許証(オーストリアで取得したもの)を提示したのち、私はいくつかの取り調べを受けた。 

 「事故時のスピードは?」
 「60km/hくらいです」
 「それならいいわね」

 アイスランドの交通違反の罰金はめちゃくちゃ高いと聞いていたので、結果的に安全運転となったのだ。

 警官の指示のもと、内臓むきだしのヒュンダイ i30を運転して、パトカーに追尾されながらクヴェラゲルジ(Hveragerði)という最寄りの町まで行った。

 取り調べは意外なほど簡便に終わって――おそらく冬のアイスランドは交通事故が多すぎるのだ――あとはレンタカー会社が代わりの車を持ってきてくれるのを待つばかりとなった。

 カフェやスーパーが併設されたクヴェラゲルジの公民館は、思いのほか快適な場所だった。そこへたまたま通りすがったアイスランド情報サイトIcelandGuide.Netの運営者・小倉さんに声をかけられ、一期一会を感じさせる場面もあった。

 レンタカー会社の人は、1時間足らずでヒュンダイ i30を携えて登場した。事故に遭ったのと同じ車種がすぐに出てきて、なんだかラーメンの替え玉みたいな展開である。

 「今度は気をつけてよね」と言われたので、「はい」と答えた。それ以外の返事はちょっと思いつかなかった。

 ちなみに、今回の事故で警察から罰金は取られなかったが、レンタカー会社との関係では、フルカバーの保険に加入していたにも関わらず、レッカー代やら何やらで、合計15万円ほどの追加費用が発生することとなった。

 そしてこれは我らが文明社会のすばらしい点なのだが、私がその請求に気づいたときには、すでに15万円はクレジットカードを介して、音もなくスムースに引き落とされていた。

 ここで私が読者諸氏に伝えたいメッセージがひとつある。

 「運転に自信のない人は、冬のアイスランドで車を借りるのはやめておこう」


クヴェラゲルジ(Hveragerði)の図書館
クヴェラゲルジの図書館は子どもにもやさしい施設であった


アイスランド最大の地熱発電所を訪ねる

私は「2代目」のヒュンダイ i30で、ヘトリスヘイジ地熱発電所(Hellisheiðarvirkjun)に到着した。

 ここはアイスランド最大の地熱発電所だ。かつてハワイ自然エネルギー研究所でインターンをして、地熱発電のポテンシャルの高さについて政策提言をした身としては、ここを訪問せずにどこへ行くのだ、ということになる。(⇒ バークレーと私「ハワイのエネルギーと神話の関係を発見したこと」

 幸いにして5歳の息子も「火山のパワーで電気をつくる」ミラクルな技術に心を動かされたようで、1,990ISK(子どもは無料)の大枚をはたいて入場する価値は大いにあった。


ヘトリスヘイジ地熱発電所(Hellisheiðarvirkjun)のエネルギー説明パネル
インフォグラフィック風の展示。油価高騰をきっかけに地熱が導入された歴史がわかる

ヘトリスヘイジ地熱発電所(Hellisheiðarvirkjun)の三菱重工製タービンの模型
7基あるタービンのうち、6基は三菱重工製で、

ヘトリスヘイジ地熱発電所(Hellisheiðarvirkjun)の東芝製タービン
残る1基は東芝製である


 オフシーズンのためか訪問者は我々だけだったが、職員の方はとても親切に説明してくれた(日本語のビデオもあった)。

 「アイスランドでは、およそ4年に1回の頻度で火山が噴火します」と彼は言う。「日本ではプレートの沈み込みで噴火が起こり、ハワイではホットスポットの働きで噴火が起こります。けれどもアイスランドは、その両方を有する世界随一の国なのです」と、ちょっと誇らしげな顔つきをする。「借金が10億円あって糖尿病にもなりました」みたいな自慢の仕方である。


ヘトリスヘイジ地熱発電所(Hellisheiðarvirkjun)の説明パネル:アイスランドの地熱資源の分布図


 アイスランドには地熱発電所が8カ所ある。地熱の資源自体は広く分布しているが、本島の中央部(Highlander)は自然保護区になっていたり、地元民の反対もあったりして、どこでも自由に建設するわけにはいかない。このあたりの事情は日本やハワイとよく似ている。

 地熱発電の強みは、その持続可能性にある。プラントの寿命は100年以上(!)であるし、なにしろ300MWの設備容量は住宅用の需要をはるかに上回る規模なので(註:アイスランドの人口は約34万人)、アルミニウムの精錬会社とも売電契約を結んでいるとの由。

 そしてこのプラントは、電力だけが「商品」ではない。温熱水という、およそアイスランドに人間が住む限りはなくならないであろう鉄板のニーズにも応えている。

 最深4,500メートルの掘削作業で得られた高温と低温の水資源(低温といっても100℃程度)は、パイプラインを通じてレイキャビクなどに輸送される。これがセントラルヒーティングの熱源となったり、シャワーのお湯として使われたりするわけだ。

 そういえば私の泊まったホテルでも、赤い蛇口をひねると一瞬でお湯が出てきた。こんなに早くお湯が出てくる国を私はほかに知らない。それもそのはず、温熱水をそのまま資源として活用していたからなのだ。

 ちなみに汲み取った温熱水はしっかり「ろ過」されて、硫化水素や二酸化炭素は再び地中に注入される。ヘトリスヘイジ地熱発電所は、環境政策の観点からも抜かりなくサステナブルなのであった。


ヘトリスヘイジ地熱発電所(Hellisheiðarvirkjun)にあった「ペレの毛」(Pele's Hair)の標本
ハワイの神話から命名されたペレの毛(マグマが急速冷却してできた物質)もあった


レイキャビクの銭湯に行く

アイスランドの温熱水は、パイプラインで運ばれるだけがすべてではない。

 冬場にドライブをしていると、もくもく湯気が立っているスポットがあって、そこに贅沢な天然温泉があるとすぐわかる。放牧された馬たちが暖をとっている姿もある。恩恵を受けるのは人間だけではないのだ。

 この国には温泉施設がいくつかある。最も有名なのはブルーラグーン(Blue Lagoon)だ。でも私は行かなかった。入場料が10,000ISKもしたからだ。いくら温泉が好きでも、さすがにこれは高すぎる。しかも正確には温泉施設ではなく、地熱発電所の「温排水」施設である。

 この観光者向けの集金装置に、地元民が日々通っているとは考えにくい。ガイドブックには載っていないけれど、彼らが「普段使い」する施設がどこかに必ずあるはずだ。

 そのような仮説を立てて、いろいろと調べて、ついに私は発見をした。その名もSundhöll Reykjavíkurという施設は、ペニス博物館ハットルグリムス教会の間あたりにあるのだが、


レイキャビクの公衆浴場施設・Sundhöll Reykjavíkur

 
外見からはまったくわからず、探し出すのに苦労した。うっすらと湯けむりが立っているので、「たぶんここじゃないかな・・・?」と半信半疑で建物に近づいてみて、


レイキャビクの公衆浴場施設・Sundhöll Reykjavíkur


ようやくそれとわかった。

 Sundhöllを直訳すると「水泳場」といった意味になるのだが、日本人のセンスからすると、「温水プール&サウナつき銭湯」が実態に近い。

 プールは屋内外に2つ。幼児向けに水深の浅いゾーンもある。さらに39℃と42℃の露天風呂があり、サウナと水風呂も完備。これで入場料が1,000ISK(0-5歳は無料、6-17歳は160ISK)なので、もう完全に地元料金だ。平日も休日も夜10時までオープンしているので、あるいはここで湯船につかりながらオーロラを見られるかもしれない。

 アイスランド人の多くは流暢な英語を話すが、ここでは当然のようにアイスランド語だけが飛び交う。定員4名の湿式サウナ(フィンランド式に似ているが、なにしろ狭いから熱石に水をかけると一瞬で熱くなる)で小さくなっていると、自らが異邦人であることがしみじみ自覚され、改めて旅の感興が湧いてくる。

 それでも遠慮がちに私に英語で話しかけてくれる人もいる。

 「どこから来たの?」
 「ウィーン住まいの日本人です」

 「東京にはどのくらい人が住んでるの?」
 「1,000万人くらいかな(註:1,368万人)」
 「えっ、多すぎじゃない? やばくない?」
 「やばいです」

 「福島の原発事故は大変だったね。日本の発電ポートフォリオは将来どうなるの?」
 「まだ過渡期だけど、長期的な人口減もあるので本質的に変わってくると思います」
 「地熱はいいよ。温泉にも入れる」
 「地熱、好きです。温泉も好き」

 中身のあるようなないような、そんな話をしながら、私の肉体はぐんぐんに焼けていった。


レイキャビクの公衆浴場施設・Sundhöll Reykjavíkurの注意書き


夢の世界でオーロラを見た

7日間の滞在で、我々は何度かオーロラを探し求めた。

 オーロラ予報のサイトを頼りに、灯の少ない岬の駐車場に行ったり、港に面したハルパ劇場の屋内で息子とオセロをしながら待ち構えたりしたが、いかんせん子どもたちの眠くなる時間が早すぎたこともあって、目視で観測する機会には恵まれなかった。


アイスランド・レイキャビクの花火
いきなり花火がはじまる日もあった


 オーロラ鑑賞を本気でやるなら、やはり現地ツアーに参加するのがよいのだろう。でも私はそこまで熱心にはならなかった。「まあ、またどこかでチャンスがあるよね」程度のスタンスだった。

 しかしながら、子どもにとってはずっと心残りだったようで、つい先日に――ということは旅行から約3か月が経過した日に――5歳の息子は「夢のなかでオーロラを見たよ」と言った。まだ本物を見たことがないのに、彼は先んじて夢の世界で願望をかなえたのであった。


アイスランドの冬場の風景


 これまで数々の国に旅行してきたけれど、アイスランドは子どもたちに特別な印象を残したようだ。

 5歳児はいまでも、家の床に敷いたマットをアイスランド本島に見立て、「交通インフラを維持・管理する」という気宇壮大なおままごとをたのしんでいる。


アイスランド旅行から帰ってきた子どもの「おままごと」


 ここではしばしば噴火や地震などの災害が起きて、我が息子は道路や駐車場などのインフラ復旧作業に忙しい。彼のなかには細かな設定があって、たとえばプレートの沈み込みは北部にだけ発生する。そのルールを無視して介入すると叱られるので注意が必要である。

 2歳の息子は、もはやアイスランドのことはあまり覚えていないようだ。まあ3カ月といえば彼の人生の1割弱に相当する期間である。そんな昔のことは忘れてしまっても仕方がない。

 いや、ひとつだけ覚えていることがあるという。

 「そうだ、パパの車が、どーん、って、ぶつかったねえ! こわれちゃったねえ!」
 子どもというのは、親が忘れてほしいことに限ってよく記憶しているものである。


冬のアイスランド・レイキャビクの住宅地の風景


 車は大破したが、アイスランドにはまた来たい。
 我々はまだこの国を味わい尽くしていないのだ。

 

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