Bloggerでの旅行系ブログはやめるべきかもしれない

先日、イランからトルクメニスタンに、陸路で入国するという旅をした。

 イランとトルクメニスタンでは、FacebookTwitterなどのサイトが見られない。SNS上で反体制的な発言をさせないように、政府当局が厳しく制限しているのだ(※)。そういえば、日本の近くにもそうした国がいくつかありますね。

※ 旅先で知り合ったイラン人たちはVPN接続を駆使して(所在国を偽って)FacebookやTwitterのアカウントを持っていたが、トルクメニスタンではVPN自体が規制されていた。さすがは独裁国家である。


イランとトルクメニスタンの国境線
イランとトルクメニスタンの国境線(Gaudan – Bajgiran


Google傘下が仇となった

驚いたのは、私のブログも規制の対象になっていたことだ。検索エンジンには引っかかるが、クリックすると不自然な間があって、ついにはアクセスが封じられてしまう。

 これは、どういうことか。

 「ウィーンと私と、旅する子どもたち」は、イラン及びトルクメニスタン政府への誹謗中傷の度合いが甚だしく、一般大衆に政治面・思想面で悪影響を及ぼすおそれがある。がために、当該ブログに対する公衆送信権の付与については、これを断固拒絶すべきであり、のみならず筆者に相応の禁錮刑を科すのが妥当である、と判断されたのだろうか?

 いやいや、そんなに立派なものを私は書いていない。

 しばらくしてわかったのは、拙ブログが利用しているBloggerというサービスがGoogle社(現Alphabet社)の運営事業のひとつなので、同社が提供するYouTubeなどと「ひとからげ」にされてアクセス禁止の措置を受けているらしい、ということだ。

 Google Analyticsによると、拙ブログはこれまで約100ヵ国からの読者を得ている。これはありがたいことであるが、そこにはイランとトルクメニスタンの姿はない。ついでにいえば、朝鮮民主主義人民共和国からのアクセスもない。

 Bloggerを選んだのは、私にとって大いなる機会損失だったのかもしれない。


Googleマップにも載っていない、イラン側の国境付近の小さな集落

ついに屍となり果てた

留学準備をはじめた7年前、ふと思い立って、誰に読まれるともしれない文章を書きはじめ、そのまま深い考えもなくBloggerを利用しつづけてきた。それでさほどの不満はなかった。

 でも、あなたがもし、世界のあらゆる地点からのアクセスが期待されるブログーー旅行記はまさにその代表例だろう――を新たに立ち上げようとするのであれば、私からのアドバイスはただひとつだ。

 Bloggerではなく、はてなブログとか、Noteとか、「日本ローカル」のものを選ぶといい。

 とはいえ、私はすっかりBloggerに慣れてしまった。Bloggerなしでは、だめな身体になってしまった。だから少なくとも、このブログを終えるまではこのまま孤独な道をゆこうと思う。同志の影もいまや乏しく、肉親であるGoogleにすらいつ見捨てられるともしれない道を。

 (暗転)

 (ややあって、明転)

 (舞台袖からテノール歌手が現れる)

 「見よ! 我が兄弟たる『Google+』は ついに屍となり果てた!」 

 (背後の幕が上がり、混声合唱隊が現れる)

 「ついに屍となり果てた!」
 「ついに屍となり果てた!

コメント

tomozo さんの投稿…
こんにちは。ときどき寄らせていただいて、ヨーロッパ旅行記、面白く拝読させていただいております。

わたしも2010年からほそぼそBlogger使っているのですが、昨年iOSでついにサポートがなくなり、iPhoneからアクセスできなくなってしまったのに衝撃をうけました。
グーグルはBloggerを捨てるつもりなのかな、といやな予感がしたのですが…。
SNS関連からはすっかり手をひく方針なのでしょうね。無料で使わせてもらってるので、来月で終了しますとかいわれても(それはさすがにないだろうけど)文句がいえないのが悲しいというか。
でもまあ、ブログ自体が10年くらいしたら過去の遺物になってるかもしれませんよね。
Satoru さんの投稿…
tomozoさん、貴重な同志からのコメントをありがとうございます。貴ブログもたのしく拝読させていただきました。オアフ島も、シアトルも、私がアメリカで最も好きな場所のひとつです。

iPhoneからアクセスできなくなったとは、知りませんでした。私はよくiPadからBloggerのプレビュー画面にアクセスして文章を練ったりするのですが、これもやがては出来なくなるのか。Googleは損切りを迅速に実行する企業なので(だからこそここまで成長してきたわけですが)、いよいよ「Xデー」の覚悟が必要かもしれません。

おっしゃるとおり、10年後にはブログは雲散霧消しているかもしれません。でも、いま流行りのSNSのような「フロー」ではなく、玩味に耐える「ストック」の長い文章を、書いたり読んだりするニーズ自体は、(少なくとも一定の人びとにとっては)なくならないものと信じてはいます。

15年前、まだブログという言葉が存在しなかった頃、参考書を片手にHTMLタグをせこせこと打って、FFFTPでテキストサイトをウェブの大海にアップロードしていた身として、半ば願望まじりに、そう確信しております。