ウィーンの児童公園には井戸がある

ウィーンの良いところはたくさんあるが、もし3つだけ挙げろと言われたら、

(1)水道水がおいしい
(2)コンサートの演目がとにかく豊富
(3)公園があちこちにある

ということになる。この条件をすべて満たす街は、世界中を見渡してもそうはない。ウィーンはやはり恵まれているのだ。


ウィーンの児童公園


 「Kinder Culture: Vienna with Children」の記事によれば、ウィーンには854の公園があるという。我々もこれまで――厳密にカウントしたわけではないけれど――四捨五入して100カ所くらいの公園を巡ってきた。

 初めて訪れる場所であっても、「犬も歩けば棒にあたる」じゃないけど、まあとにかく適当に歩いてさえいれば、なにかしら公園に突き当たる。それもほとんど例外なく素敵な公園だ。このあたり、幼児連れの身には本当にありがたい環境である。

(児童公園の所在地図はウィーン市当局も提供しているが、Google Map検索で「spielplatz」と打ち込む方法もある)


ウィーンの児童公園


ウィーン市立公園(Stadtpark)

日本からウィーンに旅行される方でも、公園を一見する価値はあると思う。特に幼児連れの方であれば、ウィーンの人たちの鷹揚な(いくぶん放置気味の)子育てスタイルを横目に見て、どこか解放されるものがあるかもしれない。

 たとえば、ウィーン市立公園(Stadtpark)。この公園は、ガイドブック的にいえば花時計(Blumenuhr)やヨハン・シュトラウス2世の黄金像が有名ということになるのだが、地下鉄U4「Stadtpark」駅の近くには広い児童公園もあって、地元の子連れでいつも賑わっている。

 アクセスは抜群で、遊具も多彩。もしウィーン市民が児童公園の人気投票を行ったら、ここは必ずや上位に入るだろう。そしてそのうちの一票は私が投じることになるだろう。

 唯一の難点は、トイレが有料(50セント)ということか。もっとも、約60年前まではベンチに座るだけでお金を取られたらしいので、その頃よりはマシになったと考えるべきなのか。


 

ウィーン市立公園(Stadtpark)


レッセル・パーク(Resselpark)

地下鉄U1「Karlsplatz」駅の南側出口に直結するレッセル・パーク(Resselpark)も、我が家がよく利用する公園のひとつである。

 ここもなにしろ交通の便が良い。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地として知られる楽友協会(Musikverein)は大通りを挟んで斜向かいにある。オペラの総本山ともいうべき国立歌劇場(Staatsoper)からも歩いて5分の距離である。

 だから、ウィーンに観光で来ていたとしても、お母さんがコンサートをたのしんでいる間に、お父さんが子どもたちと公園で遊ぶ(逆でもいいけど)、といった使い方もできるのだ。

 園内の移動式カフェで買ったウィーン風メランジェ(Melange)を片手に、ベンチに腰掛けて子どもたちを見守るのも、なかなか贅沢な時間の使い方である。次なるトラブルがあなたに降りかかるまで(それほど猶予はないかもしれない)、しばし心を休ませるのも悪くない。


 

地下鉄U1「Karlsplatz」駅の南側出口に直結するレッセル・パーク(Resselpark)

地下鉄U1「Karlsplatz」駅の南側出口に直結するレッセル・パーク(Resselpark)


郊外の魅力的な公園たち

ウィーン郊外(といっても中心部から電車で15-20分ほどの距離)に目を転じれば、より大規模でユニークな公園が数多くある。

 国連都市の麓にあるドナウ・パーク(Donaupark)では、子どもの心を捉えて離さないミニ鉄道に乗ることができて、その敷地の広大さに驚くことになるだろう。

 ドナウ河に浮かぶ細長いドナウ島(Donauinsel)親水公園(Wasserspielplatz)では、たのしい水遊びの仕掛けが随所にあって、子どもの衣服がずぶ濡れになること請け合いだ。

 温泉施設も近くにあるクアパーク・オーバーラー(Kurpark Oberlaa)の児童公園は、私の知る限り、ウィーンで遊具が最も豊富である。トイレも無料だし、軽食スタンドではビールも注文できるし、無料の小さな動物園もあるし、おまけにウィーン空港に向かう飛行機が間近で見られて子どもが喜ぶという、おそらく公園設計者が意図していなかった特典まである(空港に近接しているわけではないのだが、離発着する飛行機がちょうど高度を上げ/下げはじめる空路に重なる立地なのだ)。ちょっとしたボーナス・ステージのような公園なのである。


ドナウ島(Donauinsel)の親水公園(Wasserspielplatz)
ドナウ島の親水公園(Wasserspielplatz)

クアパーク・オーバーラー(Kurpark Oberlaa)
クアパーク・オーバーラー(Kurpark Oberlaa)の児童公園


工夫をこらした遊具たち

ウィーンの児童公園は、統一感はあるが画一的でなく、安定感はあるが月並みでない。

 私の思うところ、東京の公園も十分に質が高いが(林試の森公園井の頭公園などには大変お世話になった)、遊具の多様性という面ではウィーンに軍配があがるのではないか。

 「この高さ、日本だとたぶん規制で引っかかるよな」と思わせるアスレチック系の遊具も、こちらでは堂々と存在している。リスクと自由を天秤にかけて、自由に重きを置いている気配がそこにはある。


中古の重機がそのまま置いてあったりする、ウィーンの公園
中古の重機がそのままあったりする


ウィーンの児童公園には井戸がある

うちの息子がいちばん愛する遊具は「井戸」である。手押しのポンプで地下水を汲み上げる、あの素朴で伝統的な井戸だ。

 ウィーンの公園には、これが高い確率で設置してある。オーストリアのおいしい飲料水(Trinkwasser)が出てくるので、夏場は特に重宝する。

 井戸の形自体はどの公園もほぼ同じなのだが(ドイツのメーカーが製造しているようだ)、出てきた水の流し方は各者各様(各園各様)で、このあたりが児童公園ウォッチャーとしての最大の見どころである。


ウィーン市立公園(Stadtpark)の児童公園にある井戸


 たとえば、前述したウィーン市立公園の井戸では、水路が二股に分かれていて、それぞれの要所に堰がある(写真上)。水を流したり溢れさせたり、制御可能な(Controllableな)おもしろさが確かにあって、子どもたちが時間を忘れて夢中になるのも無理はない。

 公園によっては、井戸水の流れ先がそのまま砂場になっているところもある。(子どもの感覚からすると)無限に砂があって、そこへ無限に水が供給されるわけだから、これはもう、盆と正月がいっぺんに来たような騒ぎになる。何もかもがぐじゃぐじゃになって、肌の色も言葉の違いも超越した、歓喜の世界が繰り広げられることになる。その世界の裏側で、泥まみれの洗濯物の前兆に嘆息するお母さんの姿もまた国籍を問わない。


ウィーンの児童公園にある井戸


 我が家の場合、被害は屋内にも及んだ。「子どもが急に静かになったとき、そこでは何か決定的に良くないことが起こっている」とは世に広く知られた法則であるが、その事案も例外ではなかった。

 週末の午睡から覚めると、耳元で水が流れる音がする。あれ、ここはトイレかな、と一瞬思うが、トイレで昼寝した記憶はない。見ると、2人の息子が洗面器を持って小走りしている。

 これはまさか、と私を跳ね起こした不吉な予感はやはり的中していて、子どもたちは喜々として藁敷きの床材に水を撒きまくっているのであった。

 すぐに𠮟りつけたのだが、驚くべきことに、息子たちの表情には罪悪感の片鱗すら見当たらない。「おもしろいと思ってやった」と犯行の動機を語る殺人者。そんな連想が頭に浮かぶ。私はそこで気がついた。なるほど、これが純粋というものか。これが無垢というものか。

 おもしろいと思っても、人を殺してはいけない。おもしろいと思っても、家の中に水を撒いてはいけない。そういうレベルから教え諭すことの難しさを、私はウィーンの児童公園の井戸を通じて学ぶことになった。

 奥さんの激昂も手伝って、息子たちはついに「室内の水まき=悪いこと」という図式を習得するに至った。しかし同時に、「悪いことだが、おもしろいこと」という認識も芽生えたようで、いまでも目を離した隙にリビングルームに小さな池ができていたりする。

 ウィーンの井戸の功と罪。
 床材が水で腐る日は遠くないかもしれない。


ウィーンの公園にある特大ブランコ

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