コロナ逡巡日記⑫ (5月11日~5月17日):レストランが再開する

(本稿は、コロナ逡巡日記⑪の続きです)





5月11日(月)

 11日(月)15時現在,新たにオーストリア国内で59名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例及び2名の死亡事例が報告されました(累計確定症例数は15,845名(内死亡数:620名,治癒数:14,061名))。


引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:5月11日」


 来月に予定していたアフリカ某国への出張は、この状況ではやはり無理だろうと決断する。フランス語圏の地域なのだが、フランス人の専門家を招へいする目処が立たないからだ。

 関係各所への根回しをする。しかるべき同僚に引き継ぎをする。そして私は7月初旬に帰国するのだ。




 近所を散歩していると、ウィーンでどこよりも美味しいアイス屋さん「Ferrari Gelato」が再開していた。何を迷うこともなく買い求める。2.3ユーロの幸福を買い求める。





 コロナ禍で自宅にいる時間が長くなって、7歳児はいまスーパーマリオブラザーズスーパーマリオブラザーズ3スーパーマリオワールドに夢中である。

 いずれもニンテンドー3DS向けのダウンロード版。それぞれ500円ほどで買えてしまった。映像コンテンツとは違って、海外からでも(VPN接続なしに)スムースに購入できたのはありがたかった。

 マリオのおもしろさは我が子のハートもがっちりと掴み、20年ぶりくらいの私もばっちりとハマった。私は先日に(元任天堂のプログラマーが書かれた)「『ついやってしまう』体験のつくりかた」という快著を読んでいたので、より鳥瞰的な視点から、各ステージの構成がいかに考え抜かれているかを体感することもできた。

 子どもの教育論を語る者は多いが、私はゲーム容認派である。たとえば、世界の不条理を学び知るための教材について考えたとき、フランツ・カフカの小説群であろうが、風来のシレンであろうが、そこにまったく貴賤はなしとする立場である。

 


5月12日(火)

 11日(月)15時現在,新たにオーストリア国内で59名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例及び2名の死亡事例が報告されました(累計確定症例数は15,845名(内死亡数:620名,治癒数:14,061名))。


引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:5月12日」


 外出規制が緩和されて、飲み会のお誘いをいくつも頂戴する。リアルとオンラインの別を問わずに、これは嬉しいことである。お互いに機嫌よく、利害やら組織やらの雑味を捨て、ただ愉快なだけの話ができる関係性こそは人生の至宝である。その真価は20代には気づけなかった(健康と同じだ)。30代も後半になって、私はようやくそう思うのだ。

 「筒井康隆の小説はおもしろいが読後に何も残らない」との批評を受けた若き日の筒井康隆が「何を言っているのだ。おもしろいということが残ったではないか」と反論していた。昔に読んだので記憶違いがあるかもしれないが、つくづくそのとおりだと思ったし、むしろいまになって納得の強度は増している。




 隣の部署が主催したウェビナー(Webセミナー)を午後に聴講する。冒頭でモデレーターが「Good morning, good afternoon, or good evening everyone」と挨拶していたのが良かった。参加者は世界各国から約400名。これがオンライン時代の定型文になるかもしれない。




5月13日(水)

 13日(水)15時現在,新たにオーストリア国内で79名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例及び1名の死亡事例が報告されました(累計確定症例数は15,973名(内死亡数:624名,治癒数:14,304名))。

(中略)

13日,クルツ首相は,感染者数が引き続き低い数値に抑え込まれることを条件に,ドイツとの国境を6月15日に完全に開放する方針で独政府と一致した旨発表しました。首相府プレスリリースによれば,クルツ首相は,「感染者数を条件に,墺独国境を6月15日より完全に開放する意向を相互に確認した。オーストリアは,スイスやリヒテンシュタインとも接触し,同様の手続を進めている。また,東の隣国との間でも解決を探るために交渉している。」と述べています。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:5月13日」


 ドイツとの国境が来月に再開されるとの朗報。我が家が帰国前にドイツに行くのは難しいだろうが、オーストリア国内の近場の旅行くらいはできるかもしれない(註:その2-3週間後の週末に、バーデンメルクにそれぞれ出かけた)。

 ヨーロッパの夏には特別な輝きがある。政府当局が(おそらくは観光産業の切迫したロビイングを受けて)外国人の受け入れにゴーサインを出すのは自然な流れといえる。コロナ感染の「第二波」が来ないことを祈るばかりだ。


温泉で有名なバーデンの旧市街を歩いた

「迷い牛を探しています」の貼り紙があった


ヴァッハウ渓谷に面したメルクには片道1時間で行ける

930年前に建てられたメルク修道院



ロボット芝刈り機が働いていた



 帰国前にあとひとつ長篇小説を読破しようと思い立って、モームの「人間の絆」を書棚から取り出す。身体障害者の主人公がいじめられるシーンの鋭利さに、しばし巻を置いて小休止を求める。すべての登場人物に貫かれる容赦のない性格描写。こんなにも人を見抜く目があったなら、生きるのが楽ではなかっただろう。どの登場人物よりも、行間から透けてみえる作者の像に感情移入をしてしまう。10歳で孤児となり、あの時代に同性愛者で、医師であり、スパイであり、ベストセラー作家でもあり、世界中を旅したパリ生まれのイギリス人。サマセット・モームをウィーンで読む。私の手持ちの時間は長くはない。




5月14日(木)

 14日(木)15時現在,新たにオーストリア国内で41名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例及び2名の死亡事例が報告されました(累計確定症例数は16,014名(内死亡数:626名,治癒数:14,405名))。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:5月14日」


 同僚のMさんからFarewellのメールが届いた。平時であれば送別会が開かれるところだが、コロナの影響でけじめなき唐突な別れとなる。仕方がないことである。

 「I hope that our paths will cross again.」の言で挨拶が結ばれる。アメリカ人らしい簡潔で前向きな表現だ。Mさんの人徳のおこぼれを授かった気持ちになる。


私は何を残しただろう


5月15日(金)

 15日(金)15時現在,新たにオーストリア国内で79名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例及び2名の死亡事例が報告されました(累計確定症例数は16,093名(内死亡数:628名,治癒数:14,471名))。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:5月15日」


 今日からレストランが再開になったので、前日に予約したYakiniku Restaurant Gankoへ。外出制限の直前に行って、明けた直後のいまも行く。平日の安くておいしいランチに救われるために。

 往来を歩く人の数も平時に戻ってきた。マスク着用者は半分もいない。人間だな、と思う。喉元過ぎれば熱さを忘れる。たぶんこれが人間らしいふるまいなのだ。

 そうかと思えば、1.5メートルくらいの金属棒を(ダウジングのように)前方に突き出して、つかつかと歩いているお婆ちゃんもいる。ソーシャル・ディスタンスを物理的に、徹底的に、絶対的に遵守する構えのようだ。これもまた人間だな、と私は思う。




 夜になって、「ブードゥー教のシャーマン、エグングン祭りに集まる」の素稿に取り組む。どこまで描写をして、どこから余白にするか。その見極めが難しい。

 この記事では次回作の水上スラム訪問記へのちょっとした伏線を張りつつ、単体で読んでも満足できる内容としなければならない。はたして最低限の品質を保ったものを提出できるか、(この時点では)まだ確信には遠い。ここがふんばりどころである。

 西アフリカのことを長く書いているうち、だんだんジャンベ(太鼓)が欲しくなってきた。あれを手持ち無沙汰なときに叩いていたら、ストレスもいい感じに解消されるんじゃないか。私が物理学科で留年していた頃、ファインマン物理学の教科書の中表紙にアフリカ太鼓を叩くファインマン先生のご機嫌な写真が載っていたのを覚えている。

 まだ奥さんを説得させるには至っていないがーー「帰国後の住宅事情を考慮せよ」との先方主張をくつがえせるイメージが湧かないがーーウィーン市内にもKlanghaus Gandharva Lokaという民族楽器屋さんがある。そのお店にあるかどうか、目視確認の必要を感じている。


2週間後に来店したら、たしかにあった(買わなかったけど)


5月16日(土)

 16日(土)15時現在,新たにオーストリア国内で53名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例及び1名の死亡事例が報告されました(累計確定症例数は16,146名(内死亡数:629名,治癒数:14,524名))。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:5月16日」


 日本の人たちとZoomで飲み会をする。愉快なメンバーばかりだが、15人くらいにもなると「オンライン飲み」の限界をうっすらと感じるのも確かだ。具体的には、なにかを発言しようとしたとき、残りの14人を差し置いてまで言うことかな…という配慮の一拍をはさんでしまうのだ。これは私がまだ不慣れなだけかもしれないが。




 スーパーでレジに並んでいたら、会計を終えたお婆ちゃんが大声で何かを捲し立ててきた。知らないうちに私が無礼な行為を働いてしまったのだろうか。狼狽していると、お婆ちゃんは私の冷凍エビに「25%引き」のシールを貼り付けて、そうして満足そうに去っていった。

 突然の暴力はこわいが、突然の善意もちょっとこわい。でもおかげで2ユーロ安くなった。お婆ちゃんありがとう。




5月17日(日)

 17日(日)15時現在,新たにオーストリア国内で21名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染の確定症例が発生し,死亡事例の発生はなかった旨報告されました(累計確定症例数は16,167名(内死亡数:629名,治癒数:14,563名))。

引用:在オーストリア日本大使館「新型コロナウィルス関連情報:5月17日」


 昨日とは別のグループでZoom飲み会をする。今回は私を含め6名の参加で、心おきなく四方山話をする。

 参加者のひとりは日本の大手ビール会社の中堅幹部で、いまはイスラム教の某国に赴任している。コロナの影響は甚大で、さらにはラマダーン(断食)の時期なので売り上げが激減して苦しいとの由。じつに大変そうだが(そもそもイスラム圏でアルコール飲料を売るという前提からして大変そうだが)、この人の語り口には不思議な機嫌のよさがある。それは無意識なる聞き手への慮りの顕れだろう、と私は解釈する。

 私はよく思うのだが、仕事でも、育児でも、いつもご機嫌である(かのようにふるまえる)ならば、大抵のことはうまくいくのではないだろうか。ご機嫌とは意志によるものだから。

 「Be in a good mood」と刻印したタトゥーを下腹部に入れてみようか。

 (Pretend to) be in a good mood.




 明日から小学校が再開されるとの連絡がある。ほっと一息。これでジグソーパズルの最後のピースが揃ったというか、いよいよ非日常から日常へと移行するのだな、という感慨がある。

 コロナに逡巡する日々は終わりを告げ、これからは人生に逡巡する(以前どおりの)日々がはじまるのだ。

【コロナ逡巡日記・終】


ご愛読ありがとうございました


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