片道11時間の鉄道旅行(ウィーン ~ ユトレヒト)
イースター(復活祭)の休暇で、オランダはユトレヒトまで行ってきた。
フランクフルトを経由して、ドイツ鉄道(Deutsche Bahn)の高速列車ICEで片道11時間の移動である。これは、私の人生で2番目に長い鉄道旅行となった(ちなみに最長はバークレー ~ シカゴの51時間)。
以下、その道中に起きたことなどを綴ろうと思うが、最初に結論を書くと、
・ ドイツ鉄道はすばらしい
・ 食堂車はすばらしい
・ コンパートメント(個室)はすばらしい
ということになる。実に単純な結論である。「そんなの知ってるよ」という方には、価値ある情報はこれ以上提供できない気もする。それでも読んでくださる方はお付き合いください。
ウィーン中央駅 9:15発 (ICE 28)
フランクフルト中央駅 15:38着
フランクフルト中央駅 16:27発 (ICE 122)
ユトレヒト中央駅 20:00着
これで、大人1人あたり109ユーロ。5歳以下の子どもは無料である。もうすぐ5歳と2歳になる幼児2名を構成員として抱える我が家にとって、(飛行機と比べたときの)コストパフォーマンスは、控えめに言って最高である。
往路は1等車を取った。でもどういうわけか、2等車の復路の方が高かった(160ユーロ)。まあ、1等車といっても、幼児連れが座るにはいかにも申し訳ない雰囲気だったので、我々がその果実を味わったのはウィーン中央駅のラウンジくらいであったのだが。
いや、まだオーストリアだから。
ウィーンを出発してまだ10分も経ってないから。
子どもたちの食欲に対しては、事前にBILLA(ウィーンのスーパー)でジュースとクッキーを買い込んでおいた。飛行機と違って手荷物検査が無いので、液体物をそのまま持ち込めるのがありがたい。
車窓から臨む景色が変化に富んでいたり(ときどき牛馬が見えて、子どもは喜ぶ)、退屈した子どもが歩き回れるスペースがあることも、鉄道の旅のメリットだ。ドイツ鉄道では遊具を設けた車両もあると聞いたけど、残念ながらこの列車にはなかった。
しかし、私と息子の心を最も惹きつけたのは、なんといっても食堂車(Speisewagen)だ。
私は数年前に、一度だけドイツ鉄道の食堂車を利用したことがある。海外出張の場合、移動手段はほとんど飛行機なのだが、このときはドイツ国内を縦断する必要があって、ICEに乗車したのだ。
そのときに注文したERDINGERのWeißbierが、私の人生でいちばんおいしかったビールだ。これは、白ビール特有の飲み口のまろやかさに加えて、ドイツの田園風景を眺めながらグラスを傾ける贅沢な環境、さらには、同行している課長を別室に放置して飲むというスリリングな状況が、いわば三重奏のハーモニーを生み出して、ビールの旨さを指数関数的に跳ね上げたのだと思う。合計で2.5リットルほど飲んで、あとで課長に叱られたが、そんなのは些末なことである。
今回我々が頼んだのは、ドイツ式ロールキャベツ(Spitzkohl)、フジッリ (Fusilli)のスープパスタ、ドイツ式バターケーキ、アップルジュース2杯、それからもちろん、ERDINGERのWeißbierを2杯。全部で40ユーロ弱だった。安くはないけど、観光地プライス的な不当な高さを感じるほどではない、なかなか絶妙な価格設定だと思う。
しかし、ビールをぐいぐい飲んで、抜けるような青空の下、車窓から罪のない田舎の景色を眺めていると、人生の「あがり」はここにある、という気がしてきますね。神は天にいまし、すべて世はこともなし。
乗車時間は、3時間半。これも結構な長旅ではある。けれども、今度はコンパートメントを確保しているので心強い。そう、高速鉄道ICEには、幼児連れの家族優先のコンパートメント(Kinderabteil)が存在するのだ。
このKinderabteilは、ガラスのドアで開け閉めできる個室になっていて、なんとなく日本のカラオケボックスを思い出させる内装である。マイクや通信カラオケDAMの設備はないけれど(当たり前だけど)、ベビーカーを置くスペースはあるし、死角を作って授乳もできる。ちょっと行儀は悪いけど、L字型のシートで横になることもできる。
飛行機でいえばファーストクラス相当の恵まれた空間なのだが、座席の扱いとしてはあくまで2等車で、だから9ユーロの指定席料金さえ払えば(幼児連れなら)誰でも予約ができる。「こんなにうまい話があっていいのか?」と最初は訝しんだが、いやいや、あっていいのだ。ドイツ鉄道は、すばらしいのだ。
ただし、Kinderabteilは列車全体に1室しかないので、予約は早いもの勝ちである。実際、我々もウィーン~フランクフルト間の予約が取れなかったので、普通のテーブル席で6時間弱を過ごした。まあ、これはこれでたのしかったのだが(後述するようにいろんな人に会えたので)、幼児連れの方は、このKinderabteilを確保できるか否かを判断基準として旅行の日取りを決めてしまうくらいでもよいと思う。そのくらい強力なのだ。
我々としても、このコンパートメントで予約確保しているのは4席分だけなので、見知らぬ来訪者を謝絶する権利はもちろんない。折り畳み自転車を抱えたヒッピー風の若者とか、おそらく帰省先に向かう途中であろうドイツの若夫婦とか、ほとんど言葉を交わさない、視線のみによる出会いと別れをいくつか経験した。
とはいえ、Kinderabteilはやはり幼児連れを対象と決まっているようで、頻繁に顔を出す検札にその都度追い出されていた。このあたりはさすがにドイツ鉄道の厳格なところだ。対象外の人は、あくまで対象外として容赦なく放擲されるのである。
オーストリア鉄道(ÖBB)だとこうはいかない。なにしろÖBBの乗務員は、iPadに保存したeチケットの表示にもたつく私に対し、「まあ、いいわ。よい一日を!」とか言ってそのまま通り過ぎてしまうのだ。お国柄の違いというものは、あるいは鉄道システムに最も顕著に表れるのかもしれない。
西アジアの顔だちをした女の子に米国フェニックスで買ったフォルクスワーゲンのワゴン車を貸したり、フランクフルト駅の食堂で同席した中国人と拙い中国語で会話したりした(この女性は京都の大学に2年間留学していたとのことだった。你说日文的很好!)。
いちばん親しくなったのは、ドイツ人のお母さんと中南米系の顔だちの息子の2人連れだ。ボックス席のシートとシートの間から小さな視線を感じて、目と目があって、そこから自然と交流がはじまった。
中南米系の男の子(5歳)はドイツ語しか話せないが、お母さんの方は英語が話せる。男の子はiPadの寿司アプリに興味深々で、一緒になって遊ばせた。その代わりというのか、1歳の息子の世話をドイツ人のお母さんにしてもらうような流れになる。「うちの子も数年前はこんなに小さかったのね」と感慨深く愛しむような接し方である。息子が電車のイラストを見て「ÖBB」とつぶやいたので、「あなたはオーストリアから来たのね」とわかってしまった。
この親子とは、ヴュルツブルクからフランクフルトまでの1時間弱を共にした。お互いの子どもの写真を撮り合ったが、連絡先は交換しなかった。この親子と我々の人生が交叉することは、だからたぶん、もう二度とないだろう。でももしかしたら「あのとき日本人の家族と仲良くなったね」と、何かの折にふと思い出すことがあるかもしれない。あの変なお寿司のアプリのことを、あるいはÖBBと言う1歳の坊やのことを。
鉄道の旅はいいものだ。半世紀くらい経った後にも、こういうスタイルの旅がまだ残っていればいいと思う。
フランクフルトを経由して、ドイツ鉄道(Deutsche Bahn)の高速列車ICEで片道11時間の移動である。これは、私の人生で2番目に長い鉄道旅行となった(ちなみに最長はバークレー ~ シカゴの51時間)。
以下、その道中に起きたことなどを綴ろうと思うが、最初に結論を書くと、
・ ドイツ鉄道はすばらしい
・ 食堂車はすばらしい
・ コンパートメント(個室)はすばらしい
ということになる。実に単純な結論である。「そんなの知ってるよ」という方には、価値ある情報はこれ以上提供できない気もする。それでも読んでくださる方はお付き合いください。
アイテナリ(旅程表)
ウィーンからユトレヒトに至る行程は、具体的には以下のとおりである。ウィーン中央駅 9:15発 (ICE 28)
フランクフルト中央駅 15:38着
フランクフルト中央駅 16:27発 (ICE 122)
ユトレヒト中央駅 20:00着
これで、大人1人あたり109ユーロ。5歳以下の子どもは無料である。もうすぐ5歳と2歳になる幼児2名を構成員として抱える我が家にとって、(飛行機と比べたときの)コストパフォーマンスは、控えめに言って最高である。
往路は1等車を取った。でもどういうわけか、2等車の復路の方が高かった(160ユーロ)。まあ、1等車といっても、幼児連れが座るにはいかにも申し訳ない雰囲気だったので、我々がその果実を味わったのはウィーン中央駅のラウンジくらいであったのだが。
ウィーン中央駅のラウンジ。軽食とドリンクが無料。窓から電車が見えるので子どもは大喜び |
旅のはじまり
ウィーン中央駅からフランクフルト中央駅へは、ICEの始点から終点となっている。6時間弱。東京から博多まで新幹線で5時間だから、いきなりの長丁場である。
列車に乗り込んだ時点で、子どもたちのテンションはすでに最高潮に達している。
「電車、動いた!」
「電車、はやい!」
「ジュース、飲みたい!」
「クッキー、食べたい!」
頭に浮かんだことが、そのまま口に出る。この短絡こそが幼児の証だ。
「もうオランダに着いた?」
「オランダ、オランダ!」
「もうオランダに着いた?」
「オランダ、オランダ!」
いや、まだオーストリアだから。
ウィーンを出発してまだ10分も経ってないから。
1等車のテーブル席 |
こちらは2等車。1等車より横幅が少し狭く、背もたれの素材も若干チープ。でも十分快適だ |
予約された席には区間が表示される。上の写真は自由席(誰も予約していない)という意味 |
子どもたちの食欲に対しては、事前にBILLA(ウィーンのスーパー)でジュースとクッキーを買い込んでおいた。飛行機と違って手荷物検査が無いので、液体物をそのまま持ち込めるのがありがたい。
車窓から臨む景色が変化に富んでいたり(ときどき牛馬が見えて、子どもは喜ぶ)、退屈した子どもが歩き回れるスペースがあることも、鉄道の旅のメリットだ。ドイツ鉄道では遊具を設けた車両もあると聞いたけど、残念ながらこの列車にはなかった。
しかし、私と息子の心を最も惹きつけたのは、なんといっても食堂車(Speisewagen)だ。
すばらしき食堂車
食堂車の魅力について、長々と語る必要はないだろう。列車の中で食事をする、考えてみればただそれだけのシンプルな行為に不思議に宿る、あのわくわくする非日常感。日本ではもう廃れてしまった文化なだけに(古い日本映画に出てくる食堂車は、どうしてあんなに素敵なのだろう!)、食堂車へのあこがれは募るばかりだ。私は数年前に、一度だけドイツ鉄道の食堂車を利用したことがある。海外出張の場合、移動手段はほとんど飛行機なのだが、このときはドイツ国内を縦断する必要があって、ICEに乗車したのだ。
そのときに注文したERDINGERのWeißbierが、私の人生でいちばんおいしかったビールだ。これは、白ビール特有の飲み口のまろやかさに加えて、ドイツの田園風景を眺めながらグラスを傾ける贅沢な環境、さらには、同行している課長を別室に放置して飲むというスリリングな状況が、いわば三重奏のハーモニーを生み出して、ビールの旨さを指数関数的に跳ね上げたのだと思う。合計で2.5リットルほど飲んで、あとで課長に叱られたが、そんなのは些末なことである。
今回我々が頼んだのは、ドイツ式ロールキャベツ(Spitzkohl)、フジッリ (Fusilli)のスープパスタ、ドイツ式バターケーキ、アップルジュース2杯、それからもちろん、ERDINGERのWeißbierを2杯。全部で40ユーロ弱だった。安くはないけど、観光地プライス的な不当な高さを感じるほどではない、なかなか絶妙な価格設定だと思う。
しかし、ビールをぐいぐい飲んで、抜けるような青空の下、車窓から罪のない田舎の景色を眺めていると、人生の「あがり」はここにある、という気がしてきますね。神は天にいまし、すべて世はこともなし。
食堂車の内装。珈琲一杯でねばっているおじさんもいた |
ERDINGERのWeißbier(白ビール)。これを飲むために私は生まれてきた |
どこまでも平和な田園風景 |
すばらしきコンパートメント
フランクフルト中央駅で50分ほど待って(アジア料理店で醬油味の安っぽい野菜炒めをかきこんで)、ユトレヒトに向かう列車に乗り込む。乗車時間は、3時間半。これも結構な長旅ではある。けれども、今度はコンパートメントを確保しているので心強い。そう、高速鉄道ICEには、幼児連れの家族優先のコンパートメント(Kinderabteil)が存在するのだ。
このKinderabteilは、ガラスのドアで開け閉めできる個室になっていて、なんとなく日本のカラオケボックスを思い出させる内装である。マイクや通信カラオケDAMの設備はないけれど(当たり前だけど)、ベビーカーを置くスペースはあるし、死角を作って授乳もできる。ちょっと行儀は悪いけど、L字型のシートで横になることもできる。
飛行機でいえばファーストクラス相当の恵まれた空間なのだが、座席の扱いとしてはあくまで2等車で、だから9ユーロの指定席料金さえ払えば(幼児連れなら)誰でも予約ができる。「こんなにうまい話があっていいのか?」と最初は訝しんだが、いやいや、あっていいのだ。ドイツ鉄道は、すばらしいのだ。
ただし、Kinderabteilは列車全体に1室しかないので、予約は早いもの勝ちである。実際、我々もウィーン~フランクフルト間の予約が取れなかったので、普通のテーブル席で6時間弱を過ごした。まあ、これはこれでたのしかったのだが(後述するようにいろんな人に会えたので)、幼児連れの方は、このKinderabteilを確保できるか否かを判断基準として旅行の日取りを決めてしまうくらいでもよいと思う。そのくらい強力なのだ。
Kinderabteilのシートは6名分あるので、我々4名が座っても2席が余る。そこを狙って、明らかに予約していない人たちがやってくる。イースターの休暇シーズンで混雑していたこともあって、空席の気配(または予兆)をわずかでも察知すると、遠慮会釈ない乗客がぐんぐん迫ってくるのだ。このたくましさは、ドイツというより東南アジアを思わせるものがある。
我々としても、このコンパートメントで予約確保しているのは4席分だけなので、見知らぬ来訪者を謝絶する権利はもちろんない。折り畳み自転車を抱えたヒッピー風の若者とか、おそらく帰省先に向かう途中であろうドイツの若夫婦とか、ほとんど言葉を交わさない、視線のみによる出会いと別れをいくつか経験した。
とはいえ、Kinderabteilはやはり幼児連れを対象と決まっているようで、頻繁に顔を出す検札にその都度追い出されていた。このあたりはさすがにドイツ鉄道の厳格なところだ。対象外の人は、あくまで対象外として容赦なく放擲されるのである。
オーストリア鉄道(ÖBB)だとこうはいかない。なにしろÖBBの乗務員は、iPadに保存したeチケットの表示にもたつく私に対し、「まあ、いいわ。よい一日を!」とか言ってそのまま通り過ぎてしまうのだ。お国柄の違いというものは、あるいは鉄道システムに最も顕著に表れるのかもしれない。
道中で出会った人々
こうして我々は片道11時間(往復22時間)の行程を無事に終えたのだが、その道中ではいろいろな人との出会いがあった。西アジアの顔だちをした女の子に米国フェニックスで買ったフォルクスワーゲンのワゴン車を貸したり、フランクフルト駅の食堂で同席した中国人と拙い中国語で会話したりした(この女性は京都の大学に2年間留学していたとのことだった。你说日文的很好!)。
いちばん親しくなったのは、ドイツ人のお母さんと中南米系の顔だちの息子の2人連れだ。ボックス席のシートとシートの間から小さな視線を感じて、目と目があって、そこから自然と交流がはじまった。
中南米系の男の子(5歳)はドイツ語しか話せないが、お母さんの方は英語が話せる。男の子はiPadの寿司アプリに興味深々で、一緒になって遊ばせた。その代わりというのか、1歳の息子の世話をドイツ人のお母さんにしてもらうような流れになる。「うちの子も数年前はこんなに小さかったのね」と感慨深く愛しむような接し方である。息子が電車のイラストを見て「ÖBB」とつぶやいたので、「あなたはオーストリアから来たのね」とわかってしまった。
この親子とは、ヴュルツブルクからフランクフルトまでの1時間弱を共にした。お互いの子どもの写真を撮り合ったが、連絡先は交換しなかった。この親子と我々の人生が交叉することは、だからたぶん、もう二度とないだろう。でももしかしたら「あのとき日本人の家族と仲良くなったね」と、何かの折にふと思い出すことがあるかもしれない。あの変なお寿司のアプリのことを、あるいはÖBBと言う1歳の坊やのことを。
鉄道の旅はいいものだ。半世紀くらい経った後にも、こういうスタイルの旅がまだ残っていればいいと思う。
コメント
ところで、「你说日文的很好」じゃなく、「你日文说得很好」それこそ正しいと思います。😂
中国語の誤りもご指摘いただき感謝です。なるほど、「你日文说得很好」なのですね。勉強になります!