イラン政府からビザ申請を拒否された
「え、これゎ・・・えっ?」と、私はつぶやいた。
1か月前に申請したイランのe-Visa(電子ビザ)の進捗を確認したら、
私のIDに関するステータスが、
不許可(Rejected)となっていたのだ。
これは、どういうことか。ちょっと状況を整理しよう。
(1)イランに出発するまで、あと2週間。
(2)イラン航空ウィーン支店で航空券(返金不可)を購入済み。
(3)来週からイランは正月で、役所の手続きはすべて休止となる。
昔の日本映画を観ていると、ふとしたタイミングで「終」の字が画面の中央に出てきて、それが閉幕の知らせとなる。
あのイメージが、私の脳内に、クローズアップで現れた。
終。
おわり。
旅のはじまりは、おわりであった。
調べてみると、www.iranvisacode.comがやたらに好評だった。32ユーロを払えば1営業日でビザが取れるとのことだ。
1営業日?
私はe-Visaを申請してから回答をもらうだけで1ヶ月もかかったのに、この代理店では翌日にビザが下りるという。
「本当かよ・・・?」
どうも話がうますぎる。この蜘蛛の糸をのぼりつめた先には、新たな地獄が待ち受けているのではないか?
私は訝しんだ。
しかし、この代理店は成功報酬型(失敗したときは無料)だった。事前登録の質問リストに「これまでにビザ申請を拒否されたことがあるか?」という項目があるのも頼もしかった。
そしてなにより、我々には残り時間という名のリソースが欠乏していた。
TさんとEさんは、それぞれ若かりし頃にイエメンやシリアなどの国を単独で歴訪し、そこで強盗にあったり、秘密警察から取調べを受けたりしつつ、今日に至るまでサバイブしてきた。言ってみれば、「運よく社会に適応できたバックパッカー」みたいな人たちだ。
そしてこのメンバーの特徴は、組織社会に生きるビジネスパーソンとして(も)十分に修行を積んできた点にある。不測の事態を常とし、ロジスティクスを回し、次善の策をひねりだす能力に長けた手練れが揃っているのだ。
「この代理店、なんだか個人商売っぽいですね」
「Mojtaba Heidariさんという人がやってるみたいです」
「現地の外務省にコネがあって、それで稼いでいるのかな」
「いまのイラン時間は? オーケー、すぐに連絡しましょう」
「イランではWhat's Appが流行ってるらしいので、これを使おう」
「おっ、返信が来た!」
あえて自画自賛をするならば、ここで少し冷静になれるのが我々の強みである。
日本とイランの外交関係はそこまで悪くないはずなのに、なぜ全員のビザ発給が拒否されたのか。年齢も経歴も異なる我々にネガティブな共通項があるとすれば、それは何だろうか。
ひとつ思い当ることがあった。我々は同じ国際機関に所属している。そして数か月前、その機関とイラン政府の間には、ある種の「事案」が生じていた。
これかもしれない、と私は思った。
もちろん答え合わせなどできないのだが(拒否の理由はまず開示されない)、この仮説にはそれなりに説得力があるような気がした。
そうして我々は、事実に反しない範囲で「所属組織」の記載を改め、あとはテヘランに住むHeidariさんに運命を託した。
我々が依頼した翌日に、イラン外務省の名義によるビザ発給通知(Visa Grant Notice)のPDFファイルが送られてきたのである。
この書類を在ウィーンイラン大使館に持っていけば、あとはなんとかなるとのことだった。「なんとか」の詳細については、特に教えてくれなかった。
ところが我々には時間がない。具体的には、営業日ベースで5日ほどしか裕度がない。
大使館で発給手続きに2週間かかると言われたらアウトだし、あとで必要書類が足りないと言われてもアウトである。
昔のファミコンゲームと同じで、わずかなミスが即ゲームオーバーにつながるのだ。
我々は、字義どおりに万難を排してイラン大使館に向かった。受付開始は午前9時なので、10分前から玄関前で待機した。気分としては開店前のパチンコ屋に並ぶ荒くれ者である。
・パスポート
・ビザ発給通知
・イラン滞在中の旅行保険 (私はCignaの証明書で代用した)
・ビザ申請料22ユーロ (クレジットカード可)
これが求められた書類のすべてだった。私はいろいろ準備しすぎて、あやうくRejected画面のコピー紙を大使館員に渡すところだった。それは完全無欠の自殺行為だ。
申請を終えた5日後(はじめは10日後を提示されたが、それだと間に合わないので交渉して早めてもらった)、ビザを受け取るために再びイラン大使館に出向いた。
我々のビザは、本当に許可されるのか?
Rejectedのデータが突合されて、再び拒否されてしまうのではないか?
受験の合格発表を見に行った遠い過去の感情が、急によみがえってきた。
あの日、掲示板に私の番号はなかった。はたして今回はどうだろうか?
日はまた昇った。
私の顔写真とパスポート番号を含む、A4用紙の観光ビザが、ここに滞りなく発給された。
ありがとう、イラン大使館。
ありがとう、Heidariさん。
このようにして我々は、ウィーンからキエフ経由で、テヘランに到着した。
イラン全土が記録的な洪水に見舞われ、我々が乗るはずだったイスファハン発テヘラン行きの最終便が直前でキャンセルとなったのは、それから数日後の話である。
1か月前に申請したイランのe-Visa(電子ビザ)の進捗を確認したら、
私のIDに関するステータスが、
不許可(Rejected)となっていたのだ。
これは、どういうことか。ちょっと状況を整理しよう。
(1)イランに出発するまで、あと2週間。
(2)イラン航空ウィーン支店で航空券(返金不可)を購入済み。
(3)来週からイランは正月で、役所の手続きはすべて休止となる。
画像引用:溝口健二「浪華悲歌」 |
昔の日本映画を観ていると、ふとしたタイミングで「終」の字が画面の中央に出てきて、それが閉幕の知らせとなる。
あのイメージが、私の脳内に、クローズアップで現れた。
終。
おわり。
旅のはじまりは、おわりであった。
日はまた昇るか
いや、あきらめてはいけない。エンドロールが流れるのはまだ早い。
e-Visaを拒否された状況から、どのようにして挽回しうるか。
テヘランの空港でVOA(Visa on Arrival:到着ビザ)を申請するのはどうだろうか。
インターネットで調べると、徒手空拳でイランを訪れて、無事にVOAを取得した事例が見つかった。お金も時間も余計にかかるが、たしかに一縷の望みではある。
だが、ビザ発給を拒否された者がVOAを取れるのか。これについて、確たる情報は得られなかった。「一度でも拒否された旅行者は永遠にダメ」との意見があったし、「いや大丈夫だ」「おれの友達はイケた」との意見もあった。この世界は悲観論と楽観論のふたつに分かれて、交わることはなさそうだった。
日はまた昇るか、落日のままか。
私の見通しは、以下の2点に集約された。
(1)私の情報が外務省から空港審査官に共有されていたら、ゲームオーバー(強制送還)。
(2)共有されていなければ、ゲームスタート(入国可)。たぶん、おそらく、ねがわくば。
もう一本の蜘蛛の糸
もうひとつの選択肢は、ビザ発給の代理店に頼むことだ。調べてみると、www.iranvisacode.comがやたらに好評だった。32ユーロを払えば1営業日でビザが取れるとのことだ。
1営業日?
私はe-Visaを申請してから回答をもらうだけで1ヶ月もかかったのに、この代理店では翌日にビザが下りるという。
「本当かよ・・・?」
どうも話がうますぎる。この蜘蛛の糸をのぼりつめた先には、新たな地獄が待ち受けているのではないか?
私は訝しんだ。
しかし、この代理店は成功報酬型(失敗したときは無料)だった。事前登録の質問リストに「これまでにビザ申請を拒否されたことがあるか?」という項目があるのも頼もしかった。
そしてなにより、我々には残り時間という名のリソースが欠乏していた。
運よく社会に適応できたバックパッカーたち
ここで「我々」とは、私と同じくRejectedの返答を得たTさんとEさんを含めた3名のことだ。今回の旅行は、妻子ある男たちが家庭を顧みず、ごりごりにハードシップ高めの行程でイランとトルクメニスタンの地を練り歩く、というコンセプトなのであった。TさんとEさんは、それぞれ若かりし頃にイエメンやシリアなどの国を単独で歴訪し、そこで強盗にあったり、秘密警察から取調べを受けたりしつつ、今日に至るまでサバイブしてきた。言ってみれば、「運よく社会に適応できたバックパッカー」みたいな人たちだ。
そしてこのメンバーの特徴は、組織社会に生きるビジネスパーソンとして(も)十分に修行を積んできた点にある。不測の事態を常とし、ロジスティクスを回し、次善の策をひねりだす能力に長けた手練れが揃っているのだ。
「この代理店、なんだか個人商売っぽいですね」
「Mojtaba Heidariさんという人がやってるみたいです」
「現地の外務省にコネがあって、それで稼いでいるのかな」
「いまのイラン時間は? オーケー、すぐに連絡しましょう」
「イランではWhat's Appが流行ってるらしいので、これを使おう」
「おっ、返信が来た!」
あえて自画自賛をするならば、ここで少し冷静になれるのが我々の強みである。
日本とイランの外交関係はそこまで悪くないはずなのに、なぜ全員のビザ発給が拒否されたのか。年齢も経歴も異なる我々にネガティブな共通項があるとすれば、それは何だろうか。
ひとつ思い当ることがあった。我々は同じ国際機関に所属している。そして数か月前、その機関とイラン政府の間には、ある種の「事案」が生じていた。
これかもしれない、と私は思った。
もちろん答え合わせなどできないのだが(拒否の理由はまず開示されない)、この仮説にはそれなりに説得力があるような気がした。
そうして我々は、事実に反しない範囲で「所属組織」の記載を改め、あとはテヘランに住むHeidariさんに運命を託した。
ドローンを購入したが、そもそもイラン国内へは持ち込み禁止だった |
日はまた昇った
はたしてHeidariさんは、結果を出した。我々が依頼した翌日に、イラン外務省の名義によるビザ発給通知(Visa Grant Notice)のPDFファイルが送られてきたのである。
この書類を在ウィーンイラン大使館に持っていけば、あとはなんとかなるとのことだった。「なんとか」の詳細については、特に教えてくれなかった。
ところが我々には時間がない。具体的には、営業日ベースで5日ほどしか裕度がない。
大使館で発給手続きに2週間かかると言われたらアウトだし、あとで必要書類が足りないと言われてもアウトである。
昔のファミコンゲームと同じで、わずかなミスが即ゲームオーバーにつながるのだ。
我々は、字義どおりに万難を排してイラン大使館に向かった。受付開始は午前9時なので、10分前から玄関前で待機した。気分としては開店前のパチンコ屋に並ぶ荒くれ者である。
・パスポート
・ビザ発給通知
・イラン滞在中の旅行保険 (私はCignaの証明書で代用した)
・ビザ申請料22ユーロ (クレジットカード可)
これが求められた書類のすべてだった。私はいろいろ準備しすぎて、あやうくRejected画面のコピー紙を大使館員に渡すところだった。それは完全無欠の自殺行為だ。
申請を終えた5日後(はじめは10日後を提示されたが、それだと間に合わないので交渉して早めてもらった)、ビザを受け取るために再びイラン大使館に出向いた。
我々のビザは、本当に許可されるのか?
Rejectedのデータが突合されて、再び拒否されてしまうのではないか?
受験の合格発表を見に行った遠い過去の感情が、急によみがえってきた。
あの日、掲示板に私の番号はなかった。はたして今回はどうだろうか?
日はまた昇った。
私の顔写真とパスポート番号を含む、A4用紙の観光ビザが、ここに滞りなく発給された。
ありがとう、イラン大使館。
ありがとう、Heidariさん。
このようにして我々は、ウィーンからキエフ経由で、テヘランに到着した。
イラン全土が記録的な洪水に見舞われ、我々が乗るはずだったイスファハン発テヘラン行きの最終便が直前でキャンセルとなったのは、それから数日後の話である。
コメント
今回はまたハードな男旅ですね。
続きが楽しみです。
また折を見て続篇を書きます。気長にお待ちいただけると嬉しいです!
私も明日までプラハで、先ほど一人でオペラを満喫してきました。
ところでウィーン、最高でした。。レストラン、街の景観や人々、コンサートなど、どれをとっても私の中のベストヨーロッパです。本気で移住したくなり、夫に転職を打診しています。(他力本願)
男3人旅、いいですね。旅行記楽しみにしています。
日本の某省庁のヨーロッパ担当局長が、「いろんな都市に行ったけどウィーンがいちばんいいね」と呟いたと仄聞しました。たしかに人を惹きつけるものがあるのでしょうね。
プラハはビールが安いし、ローカルフードはおいしいし、路面電車も色とりどりだし、家族全員がうれしい旅先でした。技術博物館が子どもたちのスウィートスポットとなり、ここに4時間ほどおりました。
これ読み物としてまずサイコーですし、つい最近に導入されたイラン電子ビザの生の経験談としても凄ーく勉強になります‼️ 私もアジア経由でのイラン渡航をいま考えてまして、記事にとっても勇気づけられました。
それですみません、ちょっと不躾な質問なんですが、、、
1) テヘラン? の入出国審査は如何でしたか? トラブルはありましたか?
2) クレジットが使えないらしいですが、本当ですか? 闇商店みたいなところはありましたか?
変な項目でお気を悪くされたら御免なさい。でももし良かったら教えて下さいm(_ _)m
1) 入出国ともに、ビザを見せるだけでスムースに終わりました。特に難しい質問もなし。入国時などは手荷物検査すらなく(検査装置はあるんだけど、正月休みだからなのか職員が不在でみんなスルー)、「おいおい、これならドローンを持ってくりゃよかったな」と思いました。でも国内線の移動時には空港の建物に入る時点で手荷物検査があるので、どこかのタイミングで没収されていたんだと思いますが・・・。
ちなみにビザは別紙で渡され、旅券にスタンプも押されません。
2) そのとおり、クレカはまったく使えません。街角にATMはありますが、イラン国内用のカードしか受け付けられません。いや、一箇所だけイスファハンの絨毯屋で「VISA」ロゴのある看板を見つけましたが、本当に使えるのかは不明です。そして仮に使えたとしても、公定レートと実勢レートの間がものすごく乖離している現状においては、クレカを使うのは得策ではないと思われます。
よって、しかるべき現金(ドルとユーロが人気)を持ち込む必要があります。ちなみに旧紙幣の米ドルは受け取りを拒否されることが多いので注意してください。
最新の記事「経済制裁下のイランにそれでも行くべき3つの理由」もメッチャ楽しませてもらいました。
詳しくて面白くて、重いのに軽いような文体に感服しました。。リスクより好奇心か、、たしかに今の🇮🇷イランは『今だけ』な気がします‼️